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●江戸城の石垣

 江戸城は徳川家康、秀忠、家光の3代にわたって、全国の大名に助役を命じて普請させた日本最大のお城です。ただし江戸の地質は関東ローム層で思うような石がなかったので、船で石を運びました。大半は伊豆半島から、一部は瀬戸内海から、ごく一部は房総半島や紀伊半島からも運ばれました。運ばれた石の数は100万個を超えたともいわれています。ひとめ見て黒い石が伊豆の安山岩、白い石が瀬戸内海の花崗岩で、御影石とも呼ばれます。
 石垣には加工工程により野面(のづら)積み、打込(うちこみ)み接(は)ぎ、切込(きりこみ)み接(は)ぎがあります。野面積みは自然石をそのまま積む方式で水はけがよく頑丈。しかし、敵によじ登られやすい欠点があります。比叡山山麓の石垣職人穴太(あのう)衆(しゅう)が手がけたことから穴太(あのう)積みともいわれます。
 打込み接ぎは石の表面の角や表面を叩き平たくして積み上げる方式で、野面積みより高く急勾配が可能です。また切込み接ぎは、方形に成形した石材を密着させて積み上げる方式です。敵に登られにくく、整形され美しく積み上げられた外観は幕府の威厳を示すのにも適しています。このため江戸時代初期以降、多用されるようになりました。散策のとき、それぞれの石垣の表情の違いを観察するのも楽しそうです。
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