海の酸性化 もう一つのCO2問題

「沿岸酸性化」とは何か

 

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東京湾で発生した青潮=朝日新聞社提供

 「海洋酸性化」(ocean acidification)という用語のほかに、2010年代の半ば以降、論文などで「沿岸酸性化」(coastal acidification)という記述もよく見かけるようになった。こうした言葉の使い分けが行われるようになったのは、ひとくちに「酸性化」といっても、外洋域と沿岸域では、そのメカニズムが大きく異なるためである。

 水産研究・教育機構水産資源研究所主幹研究員の小埜恒夫さんによると、沿岸酸性化の研究は、海外では英国やドイツといった欧州の国々、そして、広大な「沿岸湧昇域」を抱える米国や南米のチリなどで熱心に取り組まれている。近年は、沿岸の富栄養化が進む中国でも研究が盛んになっているという。

 外洋域で進む海水の酸性化は、人間活動によって大気中に放出された二酸化炭素(CO₂)が海に溶け込むことで深刻化する。このグローバルな仕組みによる酸性化は、もちろん沿岸域でも起きている。

 これに加えて沿岸域では、陸域からの影響によって引き起こされる「プラスアルファの酸性化」が注目されている。具体的には、陸から有機物や栄養塩(窒素やリン)が沿岸域に流れ込むことによって、生物の活動が影響を受け、海水の水素イオン濃度指数(pH)が低下するという現象が起きている。

 カギを握るのは、海の表層に生息する植物プランクトンだ。陸域から栄養塩などが流れ込むと、植物プランクトンは増殖して盛んに光合成をする。その際にCO₂を消費するため、海の表層だけでみれば、pHはむしろ上がる。しかし、増殖したプランクトンの死骸などの有機物が海底に向けて沈み込み、それがバクテリアなどに分解される過程でCO₂が放出されるので、結果としてpHが下がることになる。

 冒頭の写真は、海面の色が青白く変色する「青潮」だ。青潮が発生すると、アサリなどの二枚貝が大量死して大きな問題になる。東京湾のほか、大阪湾や三河湾でも報告されている現象だ。小埜さんによると、青潮に象徴されるような「酸素が欠乏した状態の海」では、海水の酸性化も同時に起きているという。

 青潮は、湾内の海底にくぼみがあると発生しやすい。その仕組みはこうだ。

 海底のくぼみにたまった有機物は、バクテリアなどに分解され、酸素が消費される。酸素が欠乏した条件下では、硫酸還元菌の働きによって猛毒の「硫化水素」が作られる。くぼみの中の海水はよどんだ状態で、外部の海水と混じりにくい。このため、生き物たちの脅威となる硫化水素が多い「危険な海水」が滞留した状態になる。その海水が、嵐などの強い風の影響で海面へ湧き上がると、酸素に触れて化学反応が起き、細かい硫黄の粒子ができる。その結果、表層の海水が白濁し、まるで青白く染まったように見える。これが、青潮の正体だ。

 貧酸素水塊ができる際には、有機物が分解されて酸素が消費されると同時に、CO₂が放出されてpHが下がる。このように沿岸域では、海水の「貧酸素化」と「酸性化」がセットで起こるのだ。

 青潮を起こすほどの極端な貧酸素状態でなくても、海水のpHの低下は起こることが分かっている。たとえば、青潮が見られない瀬戸内海でも、海水の貧酸素化と同時に酸性化が起きている。

 小埜さんは「貧酸素の問題が解決できれば、沿岸酸性化も低減できるということが、これまでの研究で見えてきた」と話す。

 小埜さん自身は2000年代の初めに酸性化に関する研究に着手。「外洋よりも沿岸のほうが大きな問題を抱えているのでは」と考えるようになり、10年ほど前から沿岸酸性化の研究に力を入れている。海洋研究開発機構などと共同で行った研究では、日本の沿岸域全体の酸性化の状況を環境省の調査データを使って分析し、19年に論文にまとめた。

 1978年から2009年にかけて収集されたpHデータを集計したところ、日本の沿岸域では全体として年間0.0014~0.0024のペースで有意なpHの低下傾向がみられた。分析の対象として選んだ全国289か所のうち、全体の70~75%で酸性化、25~30%では逆にアルカリ化の傾向が確認された。

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全国の沿岸域289か所について、海水のpHの動向を集計したグラフ。横軸はpH。観測データの極小値の分析結果(pHの低下は平均0.0014)=研究チームの石津美穂さん提供

 pHのトレンドの分布を棒グラフにすると、正規分布ではあるものの、負のトレンド方向(酸性化を示す方向)に中心がずれていることが見て取れる(=棒グラフ参照)。小埜さんはこの集計結果について「沿岸は場所によってデータにばらつきがあって、アルカリ化している所もある。ただ、日本全体としては、やはり沿岸のpHは低下しつつあることが明らかになった」と話す。

 人間活動と沿岸域の海洋環境――。両者の間で、折り合いをどうつけていくかは、難しい課題だ。陸から海へ流れ込む栄養塩の量を減らせば、沿岸酸性化の進行を抑えることはできる。しかし、栄養塩を減らしすぎてしまうと、こんどは海水の「貧栄養化」の影響によって、漁獲量が減る水産物が出てくる可能性もある。様々な立場の人どうしが今後、話し合って方針を決めていくしかないだろう。

 ただ、たとえば「干潟の保全」や「藻場の復活」などは、沿岸酸性化への対策として多くの人が受け入れやすい取り組みとなるかもしれない。

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沿岸に藻場を形成する海草の「アマモ」=朝日新聞社提供

 

 小埜さんによると、干潟には、陸上から河川経由で流れ込んだ有機物を、いったんストックしてくれるフィルターのような機能がある。また、アマモなどの藻場については、こうした物理的なフィルター機能に加えて、光合成によってCO₂を貯留する効果も期待できるという。 

 調査・研究を通じて明らかになりつつある「沿岸酸性化」の実態。今後の課題について、小埜さんは「酸性化と貧酸素化、さらに、海の温暖化による水温上昇。これら三つの要素が生物にどんな『複合影響』を及ぼすのかについても、明らかにしていく必要がある」と話す。 

 (科学ジャーナリスト 山本智之)

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