脱炭素 現場から

FSC認証の天竜材のいま、譲与税活用で利用拡大の道は

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間伐で伐採されたスギが地面に置かれたままになっていた=2023年10月、静岡県浜松市天竜区春野町

 日本三大人工美林があり、天竜材と呼ばれる良質のスギやヒノキの産地として知られる静岡県浜松市は、森林環境譲与税の配分額が横浜市に次いで全国で2番目に大きい市町村だ。2022年度は約3億2570万円で、「川上」の林業から製材、「川下」の建築まで、幅広い支援策に譲与税を投じている。だが、なかなか需要拡大に結びつかないジレンマに直面している。

 浜松市では、天竜材の産地が国際的な森林認証制度「FSC認証」を取得しているのが大きな特徴だ。この制度は違法伐採を防ぎ、適切な森林管理を行うなどの目的で、第三者機関が世界共通の基準に沿って審査・認証する。市内の6森林組合、市、静岡県、国などで構成する協議会が「FSC(FM)認証」を、国内では早い時期の10年に取得した。取得面積は1万8400㌶から次第に増え、いまは約4万9700㌶と全国トップクラスを誇る。認証材の丸太の生産量は22年度、約5万7千立方㍍だった。

 森林認証は森林管理を認証する「FM認証」と、認証森林から生産した丸太をほかの丸太と混じらないように適切に加工・流通しているかを認証する「COC認証」に区分される。COC認証は、FSC認証材を積極的に使う14工務店で構成する遠州工務店の会をはじめ、浜松市内で76の団体・企業が取得している。

 こうして川上から川下まで認証材のサプライチェーンがつながっているのが特徴で、市は森林環境譲与税も活用して財政支援をしている。

 譲与税を使った取り組みは、川上ではFSC認証の森林内で伐採や手入れの際に使う作業道の開設・補修への補助制度(23年度予算7千万円)や、伐採した木材の搬出や伐採と再造林の一貫作業への支援(同約4千万円)などのメニューがある。

 川下では、FSC認証を受けた天竜材の地産地消を進めるための支援策がある。認証材を使った住宅の建築主を支援する「天竜材の家百年住居(すまい)る助成事業」(同7900万円)。企業や商店の建物など非住宅建築物への同様の支援策(同3500万円)などだ。

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FSC認証材の天竜材をふんだんに活用した浜松いわた信用金庫於呂支店=静岡県浜松市

 

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同支店の店内

 また、23年11月に東京ビッグサイトで開催された国内最大の住宅・建築関連展示会「ジャパンホームショー」に昨年度に続いてブースを出し、天竜材をアピールした。NHKの大河ドラマ「どうする家康」にちなんだ大河ドラマ館に、東京五輪・パラリンピックの選手村で使われた天竜材をレガシー材として再利用し、天竜材をPRする「家康プロジェクト推進事業」にも譲与税を充てた。

 「市域が広く川上から川下まで、あえて総花的な支援策を設けているのが浜松の特徴」。市林業振興課の小林和重課長はこう説明する。

 また、森林のFM認証は毎年、基準を満たしているか審査を受ける必要がある。昨年度の審査料は約135万円で、市が一般財源からその半額を支出している。

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ジャパンホームショーに出展した浜松市のブース=2023年11月、東京都江東区の東京ビッグサイト

 

 しかし、こうした支援策が、認証材の着実な利用拡大に実を結んでいるとは言いがたい現実がある。

 天竜材の産地である市北部の天竜区春野町。23年10月はじめ、FSC認証を取得しているスギ林を訪ねると、間伐されたスギが運び出されず、地面に置かれたままだった。

 斜面から林道までは数十㍍。「ワイヤを使う架線集材をすると搬出コストが丸太の売値を上回ってしまう。だからそのままにしている」。案内してくれた春野森林組合の尾上直秀組合長が説明した。

 禁止農薬を使わない、林業機械のオイルは植物油を使うなど、認証基準を満たすための取り組みを続け、第三者機関による審査で指摘された事項を改善するのにも手間をかける。だが、「FSC認証が丸太の付加価値となっているとか、丸太価格の上昇につながっている実感はない。FSC認証の丸太を欲しいという需要が少ないのだろう。そもそも、一般の人は認証のことをあまり知らないと思う」と厳しい現状を口にする。

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FSC認証を受けたスギ林を見上げ、現状を語る春野森林組合の尾上直秀組合長

 

 国内の木材価格が長期低迷するなか、林業により多くのお金を環流させるには、流通過程の簡素化によって中間コストを減らすことが必要との指摘が、各地でなされている。ただ、浜松では森林組合が森林所有者の依頼で伐採した丸太を木材市場に出す。そして製材、流通業者などを経る従来型の流通形態が主流だ。

 FM認証の取得を始めて10年あまり。「どうやってFSC認証材を売り込んで需要を広げるか、長期戦略が必要だと思う。若い世代に木に関心を持ってもらうための木育や環境教育も大切だ」と尾上組合長は訴える。

 川下に目を向けても、取り巻く状況は厳しい。加工・流通を認証するCOC認証を取得した事業者は徐々に増えているものの、譲与税を財源とする「住居る事業」と、前身の助成制度における助成棟数は、19年度から対象とする木材をFSC認証材に特化し、普及や流通量の拡大を図っているものの、10年度の298棟をピークに、近年は150から160棟で推移している。

 市林業振興課の小林課長によると、建築業者の経営方針の変更から、ムク材より曲がりの少ない集成材を使い、地元材の使用を控えた業者が出たことも影響したという。支援事業について、「地域材を使う工務店を選んで家を建てる人は多くないのが実情だが、支援事業をなくすとサプライチェーンが切れてしまう」と率直な思いを口にしたうえで、「産地間競争が激しいなか、天竜材をアピールするうえでFSC認証を受けていることは重要。FSCの価値が消費者に認知されるよう、地道に取り組んでいきたい」と語る。

 新たな試みとして、市は今年度から「天竜美林カーボンクレジット創出事業」を始めた。カーボンクレジットは二酸化炭素など温室効果ガスの排出削減量や効果を売買できる仕組み。認証林の二酸化炭素吸収量のクレジット化で森林の新たな価値を生み出すのが狙いで、クレジットを企業などに買ってもらえれば、その収入を森林の整備費に充てることができる。

 今年度は譲与税を財源に、クレジット化のための資源量を航空データから解析するなど、基礎資料集めをしている。「認証を受けた森林の分、環境に配慮している点をアピールして通常のクレジットより価格を上積みできれば」

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天竜材のブースに立つ浜松市林業振興課の小林和重課長=東京ビッグサイト

 

 浜松市には自動車、オートバイ、楽器、光デバイスなどの世界的メーカーの本社もある。「林業ではアプローチできなくても、二酸化炭素吸収やクレジットなら、つながりを持てるかもしれない。『森林価値の最大化』をキーワードに取り組んでいる」と期待を口にする。

 こうした状況について、浜松市の森林環境譲与税の活用と展望について共著論文がある、名古屋大大学院生命農学研究科・岩永青史准教授は「有名産地の『天竜材』である浜松市のFSC材でも売れにくいという状況から、消費者・購買者の環境・森林認証への意識が欧州などと異なることを改めて感じる。その意識の違いは、例えば森林に占める森林認証林の面積の割合が、欧州では70~80㌫の国もあるのに対し、日本では10㌫ということからも把握できる」と指摘する。

 そのうえで、木材の利用拡大に向けて「地元産の木材が現状の柱やはりといった木材製品だけでなく、合板や集成材でも使われるようになれば、製品の幅が広がり、木材の利用量が増える。そのためには地元にそのような加工を行う工場が必要だ。地元にあれば輸送コストや輸送時の炭素排出量の削減につながる」と提言する。
 (森林文化協会編集長 松村北斗)

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