時評

地球沸騰化の時代に日本のGX(グリーントランスフォーメーション)の課題を考える

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東京GXラウンドテーブルに臨む岸田文雄首相(中央)=2023年10月3日、朝日新聞社提供

 

 

 2023年7月、観測史上最も暑い月となることを裏付けるデータの公表を受け、国連のグテーレス事務総長は、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と会見で述べている。気候変動の最悪の事態を回避するために各国は取り組みを加速する必要がある。

 一方日本国内ではGX(グリーントランスフォーメーション)やGX経済移行債という言葉を聞く機会が増えてきた。本稿ではその内容を考えてみよう。

 

 GX推進法とは

 2023年5月にGX推進法(「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」)が成立した。この法律は次の3点を目標としている。

  •  2050年にカーボンニュートラルを達成する。2030年までに温室効果ガス排出量を2013年比で46%削減し、更に50%の高みを目指すという、日本の削減目標を達成する。
  • エネルギーを安定的かつ安価に供給する。
  • 日本の産業競争力を強化し、経済成長につなげる。

 GX推進法は、カーボンプライシング制度や、脱炭素社会に必要な技術開発のための投資支援などを定め、その目的を達成するため、今後10年間で150兆円を超える官民のGX投資が必要としている。その実現に向け、GX推進法では「GX実現に向けた基本方針」に基づき、(1)GX推進戦略の策定・実行、(2)GX経済移行債(10年間で20兆円)の発行、(3)成長志向型カーボンプライシングの導入、(4)GX推進機構の設立、(5)進捗評価と必要な見直し、を法律で定めている。

 GX経済移行債(脱炭素成長型経済構造移行債、国債)は、エネルギーや原材料の脱炭素化と収益性向上等に資する革新的な技術開発・設備投資等を支援することとしている。いよいよ脱炭素経済への移行に向け、新たな取り組みが始まるように思われる。ところがGX推進法の内容には、多くの課題がある。

 

 GX推進法における「成長志向型カーボンプライシング」とその課題

 GX推進法では、「成長志向型カーボンプライシング」を導入し、事業者が排出する二酸化炭素に価格を付けること(カーボンプライシング)により、GX関連の製品や事業の相対的付加価値の向上を図ろうとしている。具体的には、次の2つの措置から構成される。

 ①  化石燃料賦課金:2028年度から、化石燃料の輸入事業者などに対して、輸入する化石燃料に由来する二酸化炭素の量に応じて、化石燃料賦課金を徴収する予定。「賦課金」は、事実上の税金である。

 ②  排出量取引制度:2033年度から、発電事業者に対して、一部有償で二酸化炭素の排出枠(量)を割り当て、その量に応じて特定事業者負担金を徴収する予定。

 だが、以上のGX推進法における「カーボンプライシング」は次のような課題があり、十分な効果が期待できない恐れがある。

 

  • 遅い導入時期

 GX推進法では、化石燃料賦課金制度の導入は早くても2028年度からとなっている。パリ協定に基づく1.5℃目標達成のためには、2030年までが勝負の10年と言われ、日本政府の2030年度46%削減という目標も達成が求められている。一方、2023年時点ですでに産業革命前と比べ、地球全体の平均気温が1.3℃上昇したとの報告もある[1]。また、化石燃料賦課金によるCO2削減効果が出るには一定の時間がかかる。これらのことから法律の付帯決議にもあるように、導入の時期をできる限り前倒しする必要がある 。

 

  • 自主的参加で効果が乏しい排出量取引制度

 GX推進法での排出量取引制度は、2032年度までは企業の自主性に委ねられている。参加の有無や目標設定は企業が自由に決めることができ、目標が達成されなくとも罰則はない。そのため排出量削減の効果は乏しく、公平性の観点からも問題が多い。そのような状況では、CO2削減に取り組む企業の努力は正当に評価されず、努力しない企業の方がむしろ有利になる。実効性を高めるためには企業の参加や排出枠の遵守などについて、速やかに法的強制力のある制度にすることが望ましい。自主的な取り組みは成功しないのが通例である。

 

  • 著しく低い炭素価格

 GX推進法による「炭素価格」(排出量1トン当たりで企業に負担を求める金額)は、いくらになるか。IEAは、先進国において2030年に1トン当たり130ドル(約19,500円)が必要としている[2]。しかし、GX推進法による炭素価格には上限が設けられており、この10分の1程度の非常に低いレベルにとどまることが予想される。2030年には国際的な水準と整合した炭素価格にできるよう、GX推進法の制度設計を改めるべきである。

 今後化石燃料賦課金や排出量取引に関する詳細の制度設計については、排出枠取引制度の本格的な稼働のための具体的な方策を含めて検討し、GX推進法の施行後2年以内に、必要な法制上の措置を行うこととされている。今後の制度設計の動向を注視する必要がある。

[1] https://www.asahi.com/articles/ASRC966FRRC8ULBH00Y.html

[2] IEA. (2021). “Net Zero by 2050 – A Roadmap for the Global Energy Sector”, p. 53

 

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GX実行会議に臨む岸田首相(中央)=2023年11月7日、首相官邸、朝日新聞社提供

 

 GX経済移行債の使途はどう決まるのか?

 以上に加えて、GX経済移行債(10年間で20兆円)の使い方、どのような分野に使うか、資金使途の選定プロセスなども極めて重要な課題である。グリーンウォッシュ(見せかけの環境対策)ではなく、脱炭素成長型経済構造移行に有益な案件が支援対象となるような適正な基準の策定、選定プロセスの透明化と事業評価の枠組み、定期的な情報公開と外部専門家による評価と説明責任が求められている。国会等の監視の目が届かないGX推進機構の恣意的な運用に委ねてはならない。

 経済産業省のホームページに掲載されている「GX実現に向けた基本方針 参考資料」 によると、GX実現に向けて今後10年間で投資が大規模に進むと見通されているのは、自動車産業(34兆円~)、再生可能エネルギー(20兆円~)、住宅・建築物(14兆円~)、脱炭素目的のデジタル投資し(12兆円~)、次世代ネットワーク(11兆円~)、水素・アンモニア(7兆円~)、蓄電池産業(7兆円~)などで、原子力関連の事例は1兆円(次世代革新炉)となっている。

 GX経済移行債の使途は、温室効果ガス削減に確実に貢献する内容でなければならない。例えば火力発電へのアンモニア混焼は排出削減効果、費用、導入時期などに不透明な要素が多く、十分な検証が必要である。

 地球沸騰化の時代を迎え、国も企業も市民社会も、脱炭素社会への移行に向け、これまでにない取り組みを進めることが求められる。企業にとっても異次元のビジネス環境となり、新たな市場とイノベーションの機会でもある。脱炭素社会への移行に向けた国際的な競争が加速しているが、その競争は1.5℃の目標の達成の道筋に沿い、最新の科学の知見に基づき温室効果ガス削減に寄与するものであり、人権への配慮が行き届いたものでなければならない。また、信頼に足る説明責任を果たせるものでなくてはならないのである。

 

 松下和夫 (京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー)

 

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