杭州、湖州を訪ねて-変貌著しい中国
昨年末に中国浙江省の杭州市、湖州市を訪ねる機会がありました。立命館大学と杭州市立大学(浙大城市学院)との共催による「第2回日中脱炭素都市フォーラム」、そして立命館大学と湖州師範学院が共催した「日中持続可能な発展に関するシンポジウム」に出席することが主な目的でした。長引いたコロナ禍後の久しぶりの中国訪問で、杭州市、湖州市を初めて訪れることができました。
フォーラムとシンポジウムは大変充実したものでした。脱炭素都市フォーラムは、中国杭州低炭素科技館を会場とし、対面とオンラインの併用で開催されましたが、オンラインの視聴者が40万人を超えていたとのことで、中国国内での関心の高さがうかがえます。フォーラムとシンポジウムの報告は別稿に譲ることとし、本稿では短期間の訪問ではあったものの、急速に変貌する中国のダイナミズムの一端に触れることができたので、その印象を記します。また、習近平主席の提唱した「両山」理念の実践プロジェクトとして、湖州市の安吉余村で実施されている「竹をもってプラスチックを代替する」取り組みを紹介します。
加速するデジタル化とEV化
今回の訪中の一番の印象は、デジタル化や脱炭素社会への移行が様々な場面で加速していることです。途中経由した青島、杭州、北京のいずれの空港もそのインフラの巨大さには目を見張りました。また搭乗や入国手続きではたくさんの顔写真や指紋をとられますが、その後は顔認証でスムーズに進む場面もあります。杭州市を案内してくれたCさんによると、杭州では新車販売のおよそ半数は電気自動車(EV)であるとのことです。EVはナンバープレートの登録や駐車場でも優遇されています。杭州市の景勝地である西湖の駐車場では車両の認識はカメラ撮影で行われ、支払いもスマートフォンで簡単に済ませることができます。
中国はこの国特有の政治体制があり、プライバシー保護や人権擁護の観点からは懸念があるものの、トップダウンと下からの活力がマッチして驚異的なスピードで変貌しているように思われます。国のトップが脱炭素の明確な方向性を示し、それを受けて、とりわけ若い起業家が必要なニーズを把握して、巧みに素早く事業化する能力を発揮しているようです。旧勢力や衰退産業の既得権擁護が顕著な日本とは対照的に思われます。
案内してくれたCさん自身も浙江省で廃棄物処理やリサイクル事業を幅広く展開する若き実業家であると同時に、立命館大学の博士課程の学生さんです。大学での研究を実務に生かし、また実務の経験を生かして博士論文を作成しているとのことです。
両山理念の実践:竹をもってプラスチックを代替する(持続可能な竹の活用)
湖州師範学院には「両山」理念に基づき、学際的かつ総合的共同研究を実施するイノベーション創出機関である「サステイナビリティ研究院」が2023年に設立されています。
「両山」理念とは、2005年に当時中国共産党浙江省党委員会書記を務めていた習近平氏が、浙江省の安吉余村を実地調査した際に、「澄んだ水と青い山こそが金山であり銀山である」(緑水青山就是金山銀山)との理念を提唱したことが起源とされています。実際この「両山」理念のスローガンは、地域のいたるところに掲げられています。
湖州師範学院のサステイナビリティ研究院は、この理念を持続可能な発展と結び付ける具体的な研究を進めています。理論研究とともにモデルプロジェクトの推進も行っています。
その具体的な例が「持続可能な竹の活用」です。両山理念の発祥の地、浙江省安吉余村は豊富な竹林に覆われています。竹は成長が早く、持続的に活用が可能な植物資源です。日本や中国など東アジアには多くの竹林があり、旺盛に生い茂っていることから、その有意義な活用を提起することは重要です。しかし、中国でも近代化の進行に伴い、多くの竹製品が姿を消そうとしています。安吉余村では湖州師範学院と連携し、「竹をもってプラスチックを代替しよう」(以竹代塑)とのスローガンで、様々な製品を開発し、その展示館(安吉优品)を設けています。
これらの製品の経済性やマーケットの規模については十分には確認できませんでしたが、大学や地域をあげての取り組みにはかなりの意欲と本気度が感じられました。
一方、我が国では竹が育む伝統文化が人々の心に生き続けてきました。私たちの生活は数々の竹の恩恵によって成り立ち、竹はなくてはならない大切な資材として活用され、数え切れないほどの生活用具として使われてきました。ところが、現在、近代化により多くの竹製品が姿を消しています。また放置竹林の拡大が社会問題ともなっています。気候変動の影響が深刻化し、プラスチックの汚染が広がっている今日、付加価値の高い新たな竹の用途を開発し普及させることで、それらの問題の解決に寄与することがより求められています。竹の生態的特性をよく理解し、時代に適応した新たな用途を開発し、利用竹林を増やして良い経済と環境の循環をつくっていくことが望まれるのです。この分野でも日中の協力と交流の進展が期待されます。
おわりに
中国はかつて「環境問題のデパート」と称されていました。環境衛生問題、産業公害問題、廃棄物・水質汚染・自動車公害などの都市・生活公害、地球環境問題などが同時にかつ大規模に発生していたのです。日本は産業公害対策の経験を生かし、中国の環境対策に協力してきました。一方で、気候変動などの分野、とりわけ風力・太陽光などの再生可能エネルギー、電気自動車などでは今や中国が最先端となっています。ゼロコロナ政策の余波や不動産バブルの崩壊など経済面では多くの課題が指摘されているものの、大学や研究機関での環境分野の設備やスタッフはかなり充実し、着実に研究や教育を進めているようにうかがえます。今回の中国訪問は、日中両国が研究者や市民社会のレベルでの交流を継続し深化していくことの重要性を改めて痛感する機会となりました。
松下和夫 (京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー)