ブルーカーボン生態系の実態調査へ

海草の一種「オオアマモ」(Zostera asiatica)の群落=北海道・知床半島の羅臼町沖、山本智之撮影
「ブルーカーボン」という言葉を最近、よく耳にする。これは、「海洋生態系に取り込まれる炭素」のことである。具体的には、沿岸域に生える海草や海藻、海辺のマングローブなどが吸収・貯留する炭素のことを指す。国連環境計画(UNEP)の報告書に2009年、二酸化炭素(CO₂)の吸収源対策の選択肢の一つとして示された。
冒頭の写真は、今年2月に北海道・知床半島の沿岸域で撮影した海草の一種「オオアマモ」(Zostera asiatica)の群落だ。水深は数メートルと浅く、海面から明るい日差しが差し込む。
オオアマモなどのアマモ類は、太陽の光を浴びて光合成をし、CO₂を材料にして有機物を作り出す。そして、枯れた葉や茎、根などの一部は海底に埋まっていく。
砂や泥の中は、海中などに比べて酸素が少なく、バクテリアの活性が低い。このため、海底に埋まった有機物が分解されずにそのまま残りやすいという特徴がある。アマモ類が作り出した有機物は数百年、数千年という単位の長い期間、海底に閉じ込められることがある。つまり、自然の摂理によって、大気から海に溶け込んだ炭素が隔離されるのだ。
「ブルーカーボン生態系はCO₂を有機物に変えて隔離する。CO₂を減らすことで、地球温暖化や海洋酸性化を抑制する働きをしている」。筑波大学下田臨海実験センター(静岡県下田市)の和田茂樹助教は、そう語る。
海草だけでなく、コンブ類などの海藻が構成する藻場も、ブルーカーボン生態系として注目されている。

コンブ類の海中林=山本智之撮影
岩場に生える海藻の場合は、アマモ類のようにその場で海底に炭素をため込むわけではない。藻体が壊れるなどしてできた粒子状の有機物が海底に運ばれる。このほか、海藻が出す粘液などの「溶存態有機物」も外洋へ運ばれ、海水の鉛直混合などによって深海に運ばれると考えられている。

「ブルーカーボン生態系」による炭素取り込みの概念図=アゴスティーニ・シルバン筑波大学助教提供
2016年にデンマークなどの研究チームが科学誌「Nature Geoscience(ネイチャージオサイエンス)」に発表した論文では、海藻類が作り出した炭素の10%程度が海の深い場所へと運ばれると見積もられている。ただ、和田さんは「海草に比べて海藻は、まだブルーカーボン生態系としての働きが詳しく研究されていない。炭素が輸送される詳しいプロセスや、どのくらいの炭素が運ばれるかという量的な問題については、まだよく分かっていないのが現状だ」と指摘する。
特に、南北に長い日本列島の場合、ひとくちに「ブルーカーボン生態系」といっても、そのタイプは様々だ。海藻だけをみても、コンブ類、カジメ類、ホンダワラ類、テングサ類など、非常に種類が多く、CO₂を取り込んだり貯留したりするメカニズムにも、それぞれ違いがあるはずだ。また、生物の種類だけでなく、季節によっても、ブルーカーボン生態系の働きは大きく変動するとみられている。
そこで、和田さんら日本の研究者たちは、ブルーカーボン生態系の実態を明らかにする全国規模の調査を実現しようと、インターネットで寄付を募るクラウドファンディングを実施。フランスの海洋環境調査団体「タラ・オセアン財団」の日本支部が事務局を務め、今年2月の期限までに目標額の1千万円を超す資金を集めることに成功した。
全国の様々なタイプの藻場で、光合成の量がどの程度なのか、作り出された有機物がどこへ行くのかなどを明らかにする調査が、いよいよ始まる。近年大きな問題となっている「磯焼け」のメカニズムも、調査を通じて明らかにしたいという。
沿岸に広がる藻場は、魚の稚魚や甲殻類、貝類など、さまざまな生物の「隠れ家」としても重要だ。和田さんは「海水中の環境DNAを採取して、藻場の生物多様性の高さについても、実態の解明を進めたい」と話している。
(科学ジャーナリスト 山本智之)