高品質の紀州材を活用 一貫生産で林産業の再生めざす
自社林への植林から、製材、プレカット加工までを自社で一貫して行うことで、高品質の住宅用製材の供給を続けている企業がある。国産の木材価格の長期低迷が続くなか、流通コストの削減と、「川下」と呼ばれる住宅産業に近い領域で利益を得て、事業を継続する取り組みだ。
「紀州材」の産地で知られる和歌山県田辺市。「見渡せる限りうちの山です」。急斜面にスギ、ヒノキが植えられた尾根で、同市に本社がある山長(やまちょう)商店の榎本長治会長(77)が説明してくれた。
山長は紀伊半島に約6千ヘクタールの自社林を持つ。江戸時代から代々、木炭の商いをしていたが、明治に入って、山を積極的に買い進め林業に乗り出した。さらに戦後、盛んにスギとヒノキを植林し、いま、それが樹齢60年ほどの伐期を迎えている。
また自社林以外にも地区の共有林で育った個人所有の木も購入、伐採して素材として活用している。
紀州材は1ヘクタールあたり5千本ほどを植林する「高密度植栽」と、長年にわたって間伐を繰り返すことで、年輪の詰まった強度が高い木を育てるのが特徴だ。
一方で、山の傾斜が急で、ほかの産地のように尾根近くまで林道をつくり、トラックで伐採した丸太を運び出すことが難しい。このため、伝統的に向かいの尾根まで渡したワイヤに伐採した木を吊るして運ぶ「架線集材」を行っている。その分、木を運び出すのにコストがかかる。立地条件によるが丸太1立方㍍あたり、林道が整備された九州の産地などの2倍近くかかる場合もあるという。
加えて、立木や丸太の価格は輸入木材の急増を背景に長期低迷が続いてきた。和歌山県の「森林・林業及び山村の概況」によると、例えば和歌山県産のスギの山元立木価格(平均)は1975年度に1立方㍍あたり約2万4千円だったのが、98年度は同9千円台、2022年度はウッドショックによる高騰があり、前年度より少し好転したものの同3524円だった。
木材市場での丸太の価格も22年度、スギ(直径14㌢~22㌢)で同1万2700円、ヒノキで同1万9300円だ。
それだけに高品質な木材を、より高い価格で売れる価値をつくり出す必要があった。
植林からプレカットまで「一気通貫」の生産に乗り出したのは1997年のことだ。きっかけは、輸入米材丸太の価格高騰と製品価格の下落だった。
山長商店でも60年代以降、輸入木材の急増に伴い、米材の製材を手がけていた。田辺五社と呼ばれた田辺にあった製材各社が商社と連携し、米材を買い付けた。国産材より輸入外材の製材の比重が次第に大きくなった。
しかし、90年代に入ると、米材丸太の価格が高騰する一方、海外から直接、最終製品が安く輸入されるようになり、輸入して田辺で製材すると次第に採算が合わなくなった。
「外材でなく、国産材のみで経営していこうと思ったら、プレカットを始める以外に活路がない。当時の専務と相談してそう決断した」。大きな事業転換を、当時社長だった榎本会長はそう振り返る。
住宅用木材を設計図通りの寸法、形に加工するプレカットが、木材流通の要だという思いがあった。理由は、顧客と直接商売する工務店やハウスメーカーから利潤を直接得ることが出来る点。そして、木材の品質や、育林から製材までに込めた思いや物語を、家を建てる客にまで伝えられる点だ。
製材して出荷するだけだと、市場や仲介業者の段階で情報は途絶してしまう。しかし、工務店と直接取引することで、施主にもそうした思いが届きやすくなる。
「山で成長した立木には和歌山の伝統的な育林技術が詰まっている。その価値を引き出し、さらに良くして、消費者に届けたい。工務店もそうした製品を扱っていることで差別化を図れる。プレカットを通じて、『山長のファンづくり』をめざしている」
伐採された木は、自社の貯木場で品質や太さを仕分け、一時保管された後、製材工場に運ばれる。ここで製材し、乾燥が難しいスギの平角材も高温減圧式の高価な乾燥機を導入し、従来より低い温度で乾燥できる設備で乾燥させる。
そして、1軒ごとに異なる注文住宅について、工務店から山長商店に届いた設計図をもとに、専任のオペレーターがパソコン(CAD)で設計データを入力。それに基づいて工場で柱、はり、壁や床材(床合板)など必要なすべての木材をプレカット加工する。
さらに強度や品質を担保するためJAS規格を取得、柱などは1本1本含水率や強度を検査し、そのデータを木の表面に印字している。
案内してもらったプレカット工場では、1軒1軒ごと加工済みの柱、はり、板などが一式荷造りされて、出荷を待っていた。出荷先は首都圏や京阪神が中心で、県内もある。
新型コロナの影響で、世界的な木材不足が起きた今回のウッドショックでは、原料となる木材の確保が課題になった。21年春以降、普段の160%にあたる月約160棟もの住宅の見積もりが毎月舞い込んだ。社外から購入しようにもどこにも製品がない。山長グループ全体で毎週生産調整の会議を開き、山での伐採予定、在庫している丸太の量、加工予定に必要な製品量を細かく把握し、必要に応じて増産して、受注に対応した。一貫生産の強みを発揮できた局面だった。
一方で、多くの作業段階や技術要素がある分、不良品や欠品、作業ミスが生まれる恐れがあり、自社のリスクとなる。「寸法が違うとか何かが足らないとか、現場で組み上げて、問題が発生したら大変なことになる。品質や工程の管理が大切になる」と三栖基史常務(58)はいう。
現在は年間約800棟の住宅用木材の受注がある。「ムク材の木造住宅が一般的になってきたことは、大変喜ばしい。集成材もムク材も柱の製品価格だとあまり変わらないが、作業工程や接着剤代を考慮すると歩留まりはムクの方がいい。『ムクファースト』で林業にお金がかえるような木材利用が広がって欲しい」。榎本会長はそう願う。
同時に、都市の木造化を目標に掲げる竹中工務店に協力。竹中が東京都内に建てた12階建て鉄筋、鉄骨と木造を組み合わせた高層共同住宅(20年完成)の柱に使われた耐火集成材「燃エンウッド」の表面部分(燃え代層)に、紀州材のヒノキの板が使われた。
また、品質がA材より落ちるB材向けの製材工場も新設した。「強度など性能が明らかになっていれば、それを生かした集成材といった新たなニーズが生まれるかもしれない」。全国各地と同様に危機的な状況にある紀州の林産業の存続をみすえ、幅広い木材の活用をめざしている。
木造高層ビルのカギは直接取引による木材調達 竹中工務店
竹中工務店が山長商店の木材を東京都内の高層木造ビルで活用したのは、「森林グランドサイクル」の取り組みの一環だ。
木を使った製品の技術開発を進め、都市での木の利用を増やす。それにより森での産業を創出し、持続可能な森づくりにつなげていく。サイクルはそんな構想だ。
同社は今後、東京海上日動の新本店ビル(東京都千代田区)や、三井不動産とともに日本橋に地上18階建て高層木造賃貸ビル(同中央区)の建設を予定している。日本橋では主な構造材に「燃エンウッド」を使い、三井不動産グループが北海道に保有する森林の木材を積極的に活用する構想だ。
公共的な建築物では、今春に完成した立命館アジア太平洋大学(APU、大分県別府市)の新教学棟の中央部分を木造構造として、九州電力の社有林から大分県産のスギを購入、活用した。
2021年に完成した中央大学多摩キャンパスの新校舎(東京都八王子市)も一部木造で、燃エンウッドやCLT(直交集成板)の耐震壁が使われた。屋根のトラスには鉄骨を補強する素材として東京・多摩産のスギを使用。学生たちに木材や林業について知ってもらおうと伐採現場で伐採の体験会も行った。
「森と建物、街をつなげるストーリーづくりが大切だと思っている」と竹中工務店の木造・木質建築統括を務める松崎裕之参与は強調する。
こうした高層木造ビルの実現でカギとなっているのが、森林所有者との直接取引による木材の調達だ。林業・製材産業は分業、流通の多層化により、山林所有者の収益がわずかにとどまるのが大きな課題となっている。「オフィスビルなど我々が手がけるビルは元々単価が住宅とは異なる。直接購買など新たなサプライチェーンをつくり、山にきちんとお金を入れることを目指している」と松崎さんは説明する。
また、耐火の高層木造ビルは「我々の今までの経験値として、鉄筋コンクリートや鉄骨造より建物全体で10~15%程度割高」(同社木造・木質建築推進本部の石川修次本部長)だ。直接取引は流通コストの削減につながる。
ただ、建築側にとればプロジェクトに必要な量と質の木材を必要な時期に確保したいが、供給元の確保が課題だと松崎さんはいう。
地上20階建てに迫る高層の木造ビルの場合、耐火構造の柱や耐震壁などに4万~5万立方㍍もの原木が必要な場合がある。しかし、国内の民有林は小規模所有者が多い。所有者から伐採や管理を受託している森林組合に木材の取引を打診しても、実現に至らない。必要量に対応できないことに加え、国の補助制度の関係もあって事前の計画に基づいて伐採するため、企業の需要に柔軟に応じるのが難しいという事情があるという。
結果的に、大規模な自社林を持つ民間企業や林業家から原木を購入しているのが現状だ。「欲しい時に欲しい樹種、必要な強度の木材を提供いただける中高層木材建築向けのサプライチェーンを確立していきたい」
そのためには、都市の木造建築の市場拡大も欠かせない。「2050年カーボンニュートラルの実現が社会課題となるなか、建築主に国内の森や林業の現状や課題を説明し、都市で木材を使う意義に共感していただく。そして、市場拡大によってコストを下げ、より普及につなげていくことが我々にとっても必要だ」と松崎さんは話している。
(森林文化協会編集長 松村北斗)