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欧州の森林についての「近自然ガイドライン」と「PESガイダンス」

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近自然森林管理の現場。高品質なナラの木を伐採して、収入確保と後継樹の育成を図る2)。(コットンフォレスト・ドイツ、写真提供:Jakob Derks, 2021年4月撮影)

 一昨年7月に策定された「EU森林戦略2030」の推進にとって重要な、指針と解説書が本年7月に欧州委員会によって刊行された。一つは森林の多面的機能と気候変動に対する強靭性を高め、同時に長期の経済的、社会的便益を確保するための「近自然ガイドライン」である。

 もう一つは、フォレスターを含む土地管理者が生態系サービスの提供によって金銭的な便益を得るための様々な方法を提示している「森林生態系サービスへの支払いスキームについてのガイダンス(以下、PESガイダンスと称する)」である。

 一番目の「近自然ガイドライン」が策定された背景には、欧州の森林が多様性の欠如による危機にひんしていることがある。何世紀にもわたる人々の干渉によって形作られてきた結果、多くの地域で森林構造の複雑性や種の多様性が不自然に低くなっている。75%の森林が同齢林であり、また、種の構成を見ると82%の森林が1種のみか2~3種から構成されている。日本では森林の約4割を占める人工林が同様な状況と考えられるが、このような「単純化」と「同一化」による多様性が欠如した状態の森林は、本来の強靭性を損なっており、多くの森林が火災、病害虫の発生などのリスクにさらされている。

 「近自然」森林管理は生態系立脚型で、人為的な干渉を極力少なくして様々な形態の森林へと誘導する管理手法である。自然変動と構造の複雑性が森林の強靭性と順応力の維持にとって重要であり、いくつかの樹種、樹齢階層、ライフサイクルステージからなる森林の方が、同齢のモノカルチャー林よりも、気候変動や自然攪乱(かくらん)に対してより強靭かつ順応的であり、また森林のさまざまな機能やサービス、長期的な生産力の点でもメリットがあるのである。

 近自然森林管理は、また、木材生産にとどまらない幅広い経済的な可能性を拓く機会も提供する。木材や非木材森林産品に加えて、森林は多様な生物の生息域、水の浄化、洪水や気候制御などの貴重な生態系サービスを提供している。カーボンクレジットや蜂蜜、キノコ、野生生物の肉などの非木材森林産品は販売可能な収入源となる。

 「近自然ガイドライン」は「EU生物多様性戦略2030」および「EU森林戦略2030」に続いて、メンバー国と関係者との協働によって策定されたものであり、近自然森林管理を取り入れたい国や森林管理者が自主的に使用することが期待されている1)

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非皆伐の常時被覆林業(CCF)の施業現場。天然更新している稚樹と残置している枯損木に注目2)(イギリス・ウェールズ、2019年11月撮影)

 

 二番目の「PESガイダンス」は、持続可能で多目的な森林管理によって収入を上げるもう一つの選択肢としての生態系サービスへの支払い(PES)に焦点を当てている。

 森林は木材や非木材森林産品を提供するだけでなく、生物の生息の場、水の浄化、水害や気候の制御などの数多くのサービスを提供する。これらのサービスは気候変動との戦い、バイオエコノミーへの移行、健全な社会の維持などにとって不可欠なものである。これらが果たしている極めて重要な役割、および増大しつづけている森林生態系サービスへの需要にもかかわらず、森林所有者や管理者にとってはそれらのサービスからの収入は極めて限られており、相変わらず木材生産からの収入が圧倒的であるのが実態である。本ガイダンスには公的、私的機関および森林所有者・管理者が森林生態系サービスへの支払いスキームを開発・実行するための情報と助言が盛り込まれている1)

 これらの内容について、次号以降で少し詳しく見ていくこととしたい。

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「PESガイダンス」において民間によるPESスキームの事例として取り上げられているFSCによる生態系サービスの追加的認証(炭素、生物多様性、水、レクリエーション、土壌)を得ているボスコリミテの森(イタリア)2)。

 

参考文献

1)European Commission. 2023. Green Deal: New guidelines for sustainable forest management and payment schemes for forest ecosystem services. Directorate-General for Environment.

2)柴田晋吾. 2022. 世界の森からSDGsへ ―森と共生し、森とつながる. 上智大学出版

 

 (上智大学客員教授 柴田晋吾)

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