森の全方位ビジネス「森林業」の可能性(1) 「森林業」とは? アメリカの現状は?
「森林業」とは
森の中のある特定の区域を考えれば、その場所で木材生産による収入が得られるのはせいぜい数十年に1回しかない。このため、連年収入を得るために特用林産物の栽培などが行われてきたが、近年では森林空間利用や環境マーケットなど様々な収入の可能性が出てきている。森林から複数の収入の流れを作ることができれば、小規模な所有者でも連年の収入を上げることができる。このような森の全方位ビジネスのことを「森林業」と称している。「森林業」の実現を図るためには、木材生産以外の多様な生態系サービスへの着眼が重要になる。
本稿では、数回にわたって環境マーケットの先進国であるアメリカにおける現状をはじめとした世界の動向を紹介するとともに、「森林業」の追求がSDGsなどの今日的な社会的要請に即応できることや、その実現を図るための前提となる生態系サービスへの支払い(PES)についての基本的な考え方を紹介し、必要となる森林の取り扱いや日本における可能性についても考えてみたい。
生態系サービスへの支払い(PES)の3つのタイプ
生態系サービスの供給者に対して受益者が対価を支払う仕組みである生態系サービスへの支払い(PES)は、当初は自主的な契約関係による支払いに焦点が当てられていた。現在ではそれに加えて、補助金などの政府による支払い、さらにはカーボンや生物多様性などのオフセット市場などの義務的な支払いを含めて広くPESと称されるようになってきている。民有林の所有者に新たな収入の流れを作るという意味では、これら3者は同じ効果がある。
アメリカにおける森林関係の環境マーケットとPESの状況
日本では森林サービス産業が注目を集めるようになったが、環境マーケットが最も進んでいるアメリカの状況はどうか? アメリカでは、環境マーケットを含めた森林関係の支払い額は、2005年時点で22.1億USドル(約3,249億円)であったが、2019年には36.3億USドル(約5,336億円)となり、この14年間に64%増加している。
アメリカの年間木材販売額2,820億USドル(約41兆4,540億円)というデータと照らし合わせると、この額はその1.3%にすぎないニッチな位置づけにある。しかしながら、2017年の日本の木材生産額は2,549億円であるので、こちらとの比較ではすでにそれを凌駕する規模となっている。
この増加の背景には、アメリカ特有の湿地・小河川ミティゲーションという環境マーケットや2013年にカリフォルニア州独自の義務的な炭素市場が開始されたこと、また、自主的な取引である狩猟・野生生物観察のためのリースとアクセス料の支払い額の増大がある。特に、狩猟・野生生物観察関係の支払い額はアメリカの森林関係の支払い額で最大規模となっており、日本の木材生産額と肩を並べる規模に膨らんでいることに注目したい。
アメリカの最新の研究データによれば、森林関係のPESの内訳は政府による支払いが503百万USドル(14%)、オフセット市場の支払いが1,231百万USドル(34%)、自主的な非政府による支払いが1,899百万USドル(52%)となっている(2019年の推定額)。トレンドとしては、政府による支払いが減少傾向にあるなかで、カーボンオフセット市場や自主的な非政府による支払いの割合が増えてきている。また、生態系サービス別にみると、炭素固定・吸収が324百万USドル(9%)、水質・水源保全が872百万USドル(24%)、野生生物生息地が1,785百万USドル(49%)、複数の束が650百万USドル(18%)となっている(2019年)。複数の束とは、複数の生態系サービスを束ねて考えるもので、景観美や土地に付帯させる開発制限措置である保全地役権(conservation easement)を含んでいる。
(上智大学客員教授 柴田晋吾)
参考文献
Frey G. E., Kallayanamitra C., Wilkens P., James N.A. 2021. Payments for forest-based ecosystem services in the United States: Magnitudes and trends. Ecosystem Services vol. 52. 101377.
柴田晋吾. 2019. 環境にお金を払う仕組み -PES(生態系サービスへの支払い)が分かる本. 大学教育出版