時評

能登の復興 世界遺産とビルド・バック・ベター

 

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地震の影響でひび割れや地滑りが起きた「白米千枚田」=2024年1月19日、朝日新聞提供

 

 深刻な被害が出ている今回の能登半島地震は、数千年に一度の規模の活断層地震だという。速やかな復旧・復興を願いつつ、その道筋をどう描くか。生物多様性保全の観点から考えてみる。

 筆者は国連大学高等研究所が事務局となって進められた「日本における里山・里海のサブ・グローバル評価」や、金沢大学が地元自治体と協働して進められた、地域課題対応人材育成プログラム「能登里山里海マイスター」などを通して、能登の素晴らしさを知った。

 能登は里山里海課題対応の先進地だ。生物多様性国家戦略の2050年ビジョン「自然と共生する社会」を考える上で、極めて示唆的な地域だ。いま、世界にも認められた持続可能な地域自然資源利用文化が衰退するのか、里山里海再生で生物多様性の世界目標に向かう先進地となるか。その分かれ道にいるように思う。

◆レジリエンス

 自然は時にこうした災いももたらすが、人類の福利の源泉である。インドネシア・スマトラ島沖地震(2004年)で起きたインド洋大津波で、マングローブ林の果たした顕著な減災効果から、Eco-DRR(生態系をいかした防災・減災)の概念が生まれた。つまり「ハザード」(脅威となる現象)が災害に直結するのではなく、「暴露」(人命財産などが、ハザードにさらされている程度)と「脆弱(ぜいじゃく)性」への対応が重要とされた。

 脆弱性とは、例えば構造物の耐震性能といった耐性だけでなく、速やかに立ち直る能力も含めたレジリエンス(回復力)で決まる。

 能登では緊急対応の復旧事業も進められつつある。だが、中長期的にはそこに住まう人たちの生業がレジリエンスの基となる。そのとき「世界遺産の再生」が、能登地域と全国をつなぐ連携キーワードになりそうだ。「里山里海双方の恵みをうまく活用し、小規模な生業を組み合わせることで、能登の地域全体で生計を維持しつつ里山里海の環境も維持」してきたと、「世界農業遺産保全計画(第3期)」(能登地域GIAHS推進協議会・令和3年)に記されている。

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能登地域の農林水産業システム イメージ図

石川県能登地域 世界農業遺産保全計画(第3期)より

能登地域GIAHS推進協議会

◆世界農業遺産

 富士山がUNESCO(国連教育科学文化機関)の世界遺産に登録された2013 年よりさかのぼること2年、FAO(国連食糧農業機関)が管轄する、もう一つの世界遺産である「世界農業遺産」に、「能登の里山里海」が、「トキと共生する佐渡の里山」とともに、日本で初めて認定された。2011年のことだ。

 世界農業遺産は、自然と共生する農林水産業が育む豊かな生態系や、美しい景観、伝統文化・芸能などが残されている世界的にも重要な地域を次の世代に継承していくことを目指している。能登の場合、小泉純一郎首相(当時)も絶賛した輪島の白米千枚田。国の重要無形文化財に指定されている漆器の輪島塗。この漆器木地や建材として優れた性質を持つアテ(ヒノキアスナロ)の択伐や伏条・直挿し造林も含む独特の持続可能な森林管理の林業。重要無形民俗文化財にもなっている輪島の海女漁。奥能登地方に古くから伝わる魚醤。揚げ浜式製塩などの生業とそれらが織りなす景観。これらに加えて、担い手をつなぐ祭礼文化などが総合的に評価されたものだ。

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被災前の「白米千枚田」。田植え作業が進んでいた=2020年5月、朝日新聞提供

 

◆里山里海の震災

 例えば、棚田は丘陵地が海岸まで迫る能登の地滑り斜面地形の賢い土地利用だ。地滑りは災害ももたらすが、水と土砂という自然資源の供給源でもある。滑る土砂を人力でできる範囲で成形して作る棚田は畦畔(けいはん)の形とその植生にも個性がある。照葉樹林文化と雑草学の権威、山口裕文大阪府立大名誉教授によると、かつて米作が重要だったころは、白米千枚田は北陸型の歩ける平坦部のない畦畔で、山型に畔塗りされて光っていたという。人力に頼る耕作の困難さなどから継承が危惧される中、国の名勝指定やオーナー制度等の取り組みで、命脈を保ってきた。しかし、地震で棚田に多数の亀裂が入ってしまった。

 珠洲市、輪島市の森林では多数の山腹崩壊が報告されている。近畿中国森林管理局のヘリ調査結果を見て、2018年の北海道胆振東部地震を思い出した。林道にも多大の被害が出たと推測され、輪島塗にも貢献する林業の存続が懸念される。

 能登半島の北側では海岸の地盤が最大4㍍隆起して、約90㌔にわたって4.4平方㌔の広大な陸地が出現したという。元々の好漁場では、震災前から磯焼けなどの課題対応で「輪島の里海を守る会」の藻場の保全活動が始まっていたが、海女漁を含む沿岸水産業への深刻な打撃は避けがたい。

◆昆明・モントリオール生物多様性枠組先進地の復興へ

 では、復旧・復興の道筋をどう描くか。緊急対応の重要性はもちろんだが、中長期的には、能登の名勝や世界遺産としての本質的価値を継承する復旧・復興が多くの人々の支援につながるのではないか。

 激甚災害復旧では「原形復旧」という建前にこだわらず、2015年第3回国連防災世界会議で採択された仙台防災枠組「ビルド・バック・ベター(より良い復興)」を実現したい。災害復旧は、昆明・モントリオール生物多様性枠組のターゲット1(生物多様性配慮の空間計画)、2(劣化地の30%自然再生)、3(国土の30%を保護地)の達成に貢献できる。

 つまり、多数の被災地の生物多様性を含む環境・社会特性の評価を踏まえて復興計画(ターゲット1)を作成し、その30%は自然再生を目標(ターゲット2)とする。自然再生には新たに生じた海岸岩礁等沿岸も含む。これらは、生物多様性配慮のアテ林業を実践している区域や、「輪島の里海を守る会」活動区域の「自然共生サイト」(民間の取組等によって生物多様性が保全されている区域)認定を通して、能登国定公園指定区域の拡張(ターゲット3)で30by30(2030年までに陸と海の30%以上を保護地とする目標)にも貢献する。

 生物多様性国家戦略の、生物多様性の損失を止めてプラスに転じる「ネイチャーポジティブ」の成否は、世界農業遺産活用で能登半島地震のビルド・バック・ベターを2030年までに成し遂げられるかが、試金石となるかもしれない。

 (森本幸裕 京都大学名誉教授・京都市都市緑化協会理事長)

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