時評

今求められるサステイナブルツーリズム

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沖縄県・宮古島。岸辺を泳ぐアオウミガメはシュノーケリングの観光客らに人気だ=筆者提供

インバウンド観光客の復活

 新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行に伴い、日本の観光客の数は順調に回復している。海外からのインバウンドの観光客も回復し、2023年6月の訪日外国人旅行者数(推計値)は207万3300人となり、コロナ禍後、初めて単月で200万人を超えたという。上半期で1千万人を突破し、順調な回復を見せている

 日本のインバウンド観光需要は過去には右肩上がりに増え続け、19年には訪日外国人数が史上最高の3188万人に達した。主要観光地以外の地方都市でも外国人観光客が多く見かけられ、経済発展や地方再生の鍵として、官も民も「観光振興とインバウンド拡大」を積極的に進めた。ところが20年初頭以来、世界規模で猛威を発揮した新型コロナにより、人の移動が制限され、日本のインバウンド需要は完全に消滅し、観光業界は経験したことのない厳しい状況に追い込まれた。

 コロナ禍で世界的にも観光業は大きな経済的被害にあった。一方でコロナの流行が望ましい観光の在り方を考えるきっかけになった面もある。「感染症対策と観光をどう共存させるか」「アフターコロナの観光をどうするか」といった課題である。コロナ禍を経験した今こそ、持続可能な観光とは何かを考えることが重要なのではないだろうか。

 

オーバーツーリズムが深刻な問題

 観光地を訪問する旅行者が急増する中で、観光が地域社会・経済に与えるプラスの効果とともに、過度に旅行者が集中する地域においては、自然環境やそこで暮らす人々の生活に与える負の影響も明らかになってきた。

 イタリアのベネチアは、ユネスコの世界文化遺産にも登録され、中世の町並みや美しい運河が人気の観光地だが、住民の数をはるかに上回る観光客が世界中から押し寄せ、環境への悪影響などが懸念されている。一方、コロナ禍の最中には観光客が激減した結果として、ベネチアの運河は、底が見えるほど透明度が一時的に改善し、魚の群れがはっきりと確認できたことも報告されている

 ベネチアをめぐって、ユネスコは観光客の著しい増加が観光地に負荷を与える「オーバーツーリズム」(過剰観光、観光公害)への対策が不十分などとして、価値が失われるおそれがある「危機遺産」に登録するかどうかの審議を行った[1]

 こうした背景からベネチアは23年9月5日、増えすぎた観光客の数を抑えるための計画を発表した。来年から、観光客がピークとなる春や夏などの30日間を目安に、旧市街を訪れる日帰りの観光客から1日5ユーロ(日本円でおよそ790円)を試験的に徴収する。徴収した入場料は観光客の管理のために使うとしていて、具体的な徴収方法などについては、今後決めるとしている。

[1] 9月10日から始まったユネスコの世界遺産委員会で、イタリアが気候変動やオーバーツーリズムからベネチアを守る努力が足りないとして、ベネチアを存続が危ぶまれる「危機遺産リスト」に登録すべきかどうか協議された。結局、登録は見送りとなったが、危機遺産に登録されると国には危機脱出に向けた努力を行う必要があり、状況が改善されないと世界遺産登録から抹消される可能性がある。

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ベネチアの大運河を運航するボート。大勢の観光客が訪れていた=2023年7月、朝日新聞社提供

 

 日本でもオーバーツーリズムが深刻な問題になっている。例えば、国内外から毎年多くの人が訪れる京都では、19年は5千万人以上の観光客数を記録したが、市民の足でもあるバスの混雑により人々の日常生活に影響が出ている。歴史的文化財・名所では混雑だけでなく、落書き・器物破損といった事件も起きている。

 神奈川県の鎌倉でも、江ノ電の混雑や観光客増加によって起きる喧騒(けんそう)が地元住民の不満となっている。また、沖縄の宮古島ではリゾート開発による自然破壊、アパートの部屋不足、家賃高騰という問題が明るみに出ている。

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宮古島から伊良部大橋を望む=筆者提供

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宮古島の夕暮れ=同

求められる持続可能な観光(サステイナブルツーリズム)

 地域に暮らす生活者とその地を訪れる観光客の両方にとって、よりよい観光と地域づくりとはどのようなものか。観光を通じて地域社会の文化や経済、環境に積極的な影響を与え、旅行先や宿泊先、移動手段について、よりサステイナブルな選択をしたいと考える旅行者も増えている。持続可能な観光が注目される背景にはオーバーツーリズムへの反省とSDGs(持続可能な開発目標)への貢献意識の高まりがある。

 国連世界観光機関(UNWTO)は、「持続可能な観光」を、「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済・社会・環境への影響を十分に考慮する観光」と定義している

 経済面では、観光客を受け入れるコミュニティー内に長期的な雇用が生まれ、安定した収入をもたらす仕組みを構築すること。そしてその土地に暮らす人々が社会サービスを受けられるよう公平な利益分配を行い、発展や貧困解消への貢献が重要だとしている。

 社会面では、その土地に根付く文化への理解・敬意を示しながら、建築文化遺産やその土地の伝統的な価値観を守っていくことが大切だとする。

 また、環境面においては自然遺産や生物多様性の保全を重視し、観光地が持つ本来の美しさを保ちながら、今ある環境資源を最適な方法で活用していくべきだとしている。

 これらのことを総合的に考慮し、関わる人間・環境資源・自然の全てに寄り添うことで、持続可能な観光を推進していくことを目標としている。いたずらに観光客の量的拡大のみを求めず、地域の環境と文化を守り育み、地域経済の活性化と安定的で長期的な雇用を創出し、住んでよし、訪れてよしの地域づくりに貢献する観光が求められているのである。

 松下和夫 (京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関シニアフェロー)

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/44a8700f9bf8ee41e26b5fffcb7e80d8ca7b4779

https://globe.asahi.com/article/13609035

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230906/k10014185121000.html

 

https://unwto-ap.org/why/tourism-definition/

 

 

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