脱炭素 現場から

県独自で森林管理のフォレスターを派遣 国の森林環境譲与税を活用

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施業放置林を伐採したギャップと呼ばれる空間。植樹された広葉樹のコナラがネットに囲まれて育っていた=2023年9月、奈良県十津川村

 国税の森林環境税と森林環境譲与税が有効に活用されていくかどうかが、課題となっている。温室効果ガス排出削減目標の達成や、災害を防ぐための森林整備に充てる財源として創設されたものだ。納税者1人あたり千円の森林環境税の徴収が来年度から始まるのを前に、自治体に配分されている譲与税を独自性のある事業に活用している現場を訪ねた。

 森林環境譲与税は2019年度から都道府県、市町村への譲与が始まった。譲与額は私有林人工林の面積、林業就業者の数、人口によって決まる。22年度は総額500億円(市町村440億円、都道府県60億円)が譲与された。

 市町村での使い道は、①森林の整備②森林整備を担う人材の育成や確保③森林が持つ公益的機能に関する普及啓発④木材の利用や森林整備の促進に関する施策に充てることが、法律に基づく規定で定められている。ただ、都市部の自治体を中心に、基金に積む割合が大きいなど、有効に活用されていないと指摘される事例も相次ぎ、有効活用が重要になっている。

 奈良県では今年度から、「奈良県フォレスター」の市町村への派遣を始めた。県が運営する「奈良県フォレスターアカデミー」(県立奈良南高校内)で2年間、森林作業で必要な知識や技術のほか、森林や環境についての専門知識を学んだ県職員(森林管理職)を、受け入れ希望があった市町村に派遣する制度だ。

 県職員と市町村職員の身分を併せ持ち、数年単位で異動する通常の県職員と異なり、同じ市町村に長期間派遣されるのが大きな特徴だ。息長く継続して森林の整備に取り組んだり、県、市町村がそれぞれ担う関係業務を行ったりする。23年度は7市町村に1人ずつ派遣された。

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施業放置林を背にする奈良県フォレスターの川北達也さん=同

 

 十津川村に派遣された川北達也さん(21)もそのひとり。公務員試験を受けて高校卒業後、県職員になってそのままフォレスターアカデミーに入学した。林業にゆかりがあったり、元々強い関心があったりしたわけではなかった。ただ、「高校の授業でSDGsについて学んだり、吉野を代表とする奈良の林業も低迷し、従事者も減っていることを知ったりして、次第に林業や森林を守りたいという思いが強くなった」と話す。

 折しも、大学進学を考えていた時期に新型コロナの世界的流行が始まり、大学の講義がリモートに切り替わった。「幅広い交流ができず、リモートで講義を受けるだけなら大学に行くより、お金をもらいながら勉強できる環境の方が良い気がした」。こう決断の理由を語る。

 着任から半年あまり。フォレスターアカデミーの「同期」は社会人経験者が多いが、川北さんは十津川村が初めての現場での業務だ。まずは行政の仕事を学ぶことが必要で、国の補助事業の事務手続きや現場の確認を主に行っている。「早く行政の現場に溶け込んで、処理を適切に早くできるようになりたい。そして、林業の復興や、一番関心がある森林の持つ防災面の強化について力になっていきたい」と抱負を語る。

 こうした県フォレスターの旅費などの活動経費に、奈良県は国の森林環境譲与税の一部(23年度予算1500万円)を充てている。受け入れ市町村は県フォレスターの給与などの人件費を、国の森林環境譲与税から出している。

 また、奈良県には独自の県税・森林環境税(個人は年500円)もある。県フォレスターを育成するフォレスターアカデミーの運営経費(同1億4049万円)は、この県森林環境税で賄っている。

 フォレスターによる森林の長期管理の発想は、スイスの森林環境管理を参考に生まれた。

 スイスのフォレスターは国家資格で、1人につき約2千㌶の同じ森林を定年まで管理し、森林経営全般の幅広い業務を担っている。

 奈良県の森林面積は28万3千㌶。民有林が95%を占める。しかし、成長したスギやヒノキの森林が、木材価格の低迷、所有者の高齢化や相続によって所有者が地元を離れたことなどで、手入れが放置される「施業放置林」が急増している。加えて、2011年に起きた「紀伊半島大水害」では県内で1800カ所もの土砂崩落が発生し、森林の持つ防災機能の大切さが改めて注目された。

 こうした背景を踏まえ、県は、森林の多面的機能を保つため、条例で目指すべき森林を四つに区分している。
 ①恒続林(地域の特性に応じた種類の木が異なる樹齢及び高さで存在し、適切な時期の手入れや択抜、継続的な木材生産により環境が維持される森林)

 ②適正人工林(スギ、ヒノキなどが同程度の樹齢及び高さで存在、適切な手入れが保たれ、木材生産を主目的とするもの)

 ③自然林(スギ、ヒノキと地域の特性に応じた種類の樹木が混交する森林。自然の遷移により環境が維持されるもの)

 ④天然林(樹木が自然に育つことにより環境が維持される森林)

 このうち、「恒続林」と「自然林」にある施業放置林を、針葉樹と広葉樹が混じる「混交林」に誘導していく事業に、奈良県は県の森林環境税を使って取り組んでいる。混交林は根が張り巡らされて保水力が高いため防災力が高いとされる。

 奈良県内では21年度に14市町村45㌶、22年度に17市町村45㌶で実施された。

 現場を管理して時間をかけて混交林に誘導していくことも、県フォレスターに期待される大切な役割だ。

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尾根沿いの急な斜面に広がる施業放置林。混交林への誘導事業の現場の一つだ=同

 川北さんが派遣された十津川村にも3カ所現場がある。その一つを川北さんに案内してもらった。役場から車で約40分、曲がりくねった急な林道を行き止まりまで登っていく。尾根のすぐそばの斜面に、樹齢60年ほどのスギ、ヒノキ林が約20㍍四方に伐採されたギャップと呼ばれる空間があちこちに広がる。太陽を浴びる斜面の所々に、鹿やイノシシに食べられないためのネットに囲まれたコナラの苗が育ちつつあった。主に21年度に植えられたものだ。草や広葉樹も自然に生えていた。川北さんは年数回、この現場を訪れて、生育状況を確認するという。

 この事業は過去10年間、間伐や手入れがされていない民有林が対象で、森林の所有者の同意を得て進める。所有者の金銭的な負担はない一方、10年間は対象の森林で皆伐ができない。ギャップを作るために伐採したスギ、ヒノキは、県が可能な範囲で搬出して、バイオマス発電に活用するので、所有者に立木を売ることによる収入はない。県フォレスターは地元の関係者への意向調査や、こうした事業内容への理解と協力を求めていくことも、業務になる。

 県フォレスターの派遣が始まって半年あまり。奈良県森と人の共生推進課の担当者は「派遣された市町村では森林林業担当職員が不足しており、県フォレスターが本来力を入れるべき業務以外の業務に関わらざるを得ない状況もある」と現状を説明する。そのうえで、「専門知識を生かした普及啓発などを行っていくためにまずは地元の方との信頼関係の構築が必要で、少し時間がかかると認識している。県フォレスターがさらに配置され、認知度も上がれば解消されていくと考えている」と期待を口にする。来春も2人の県フォレスターを配置する計画だ。

 (森林文化協会編集長 松村北斗)

 

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