海の酸性化 もう一つのCO2問題

各地の観測結果をシンポジウムで報告

海洋酸性化のモニタリング結果について発表する研究者=2026年4月23日、東京都港区、山本智之撮影

 海洋酸性化の調査・研究に携わる国内各地の研究者らが集まり、東京都内でこの春、シンポジウムが開かれた。「我が国沿岸における酸性化の現状と対応策」というタイトルで、沿岸環境関連学会連絡協議会が主催、日本財団が共催した。

 このプロジェクトの中心となって連絡調整役を務めるNPO里海づくり研究会議理事・事務局長の田中丈裕さんが冒頭のあいさつをした。田中さんはプロジェクトを始めたきっかけについて語った。

プロジェクトを始めたきっかけなどについて語る里海づくり研究会議の田中丈裕さん=山本智之撮影

 アメリカ西海岸では2005~2009年、湧昇域で表層の海水が酸性化し、ワシントン州とオレゴン州の養殖施設でカキの幼生が大量死した。田中さんは2019年の春にワシントン大学を訪ね、酸性化によるカキの被害について色々な話を聞く機会を得たという。「日本ではカキの種苗のほとんどを天然採苗している。そのことを考えると、背筋が凍る思いがし、戦慄を覚えた」と振り返った。

 北極海などでは、貝類の一種「ミジンウキマイマイ」の殻が溶ける現象がすでに報告されている。日本の海の生態系や養殖漁業は大丈夫なのか――。沿岸域で海水のデータを集め、マガキの幼生を採取して異常がないか調べるなど、日本の現状を把握することを目指した。

 プロジェクトでは2020年度に、まず2つの海域の観測サイトで酸性化のモニタリング調査をスタートした。その後、観測サイトは年々拡大し、2024年度には北海道から九州まで計20海域以上に増えたという。プロジェクトの成果について田中さんは「これまでに4つの論文がまとまり、国際学会でも発表された」とした上で、「今後もモニタリングを継続することが非常に大事だ」と話した。

 シンポジウムでは、岡山県、宮城県、広島県、三重県、福井県、岩手県、東京湾、豊後水道など、各地の観測サイトを担当する研究者たちが登壇。海水の水素イオン濃度指数(pH)やアラゴナイト飽和度などのデータが、どのような環境条件で変化しやすいかなど、具体的なデータに基づいて分析結果を報告した。

国内各地の観測サイトの担当者が、海洋酸性化に関する詳細な観測データを報告した=山本智之撮影

 東京大学大気海洋研究所教授の藤井賢彦さんは「海洋酸性化だけではなく、地球温暖化、そして地球規模で起こっている貧酸素化といった現象はすべて、人為起源のCO₂の排出が主たる原因になっている。これらは同時に進行しており、複合影響も起こる」と指摘。「複合影響について研究していくことが今後、ものすごく大事になってくる」と話した。

人為起源CO₂がもたらす「地球温暖化」「海洋酸性化」「貧酸素化」の相互関係=藤井賢彦さん提供

 藤井さんは、海洋酸性化が将来、海の生物や生態系にどんな影響を及ぼすか予見するための研究手法として、①「海洋生態系モデルなどを用いた数値シミュレーション」②「人為的にpHを下げた海水中で生物を飼育して応答を調べる」③「天然の実験場であるCO₂噴出域の周辺に生息する海洋生物の調査」の3つを挙げた。

東京大学大気海洋研究所教授の藤井賢彦さん=山本智之撮影

 その上で、広島大学の和田茂樹教授らと共同で調査を進めている大分県・姫島のCO₂噴出域の事例を紹介した。ここでは、噴出域に近い場所ほど海水のpHが低いことが確認されている。

 藤井さんは「私たちがCO₂を減らす取り組みを十分にしなかった場合、2040年ぐらいに到達するであろう環境が、CO₂噴出域から10メートルくらい離れた場所にはある」と紹介。CO₂の噴出域に近づくにつれて、海底に茂る大型海藻の多様性が減る傾向があるといい、「海洋酸性化によって将来、海洋生物の種の多様性が損なわれる可能性があることを示唆するデータだ」と話した。

 本州の沿岸域でのモニタリング調査結果については、大雨の後にpHの値が低下する現象がみられると指摘。こうした「沿岸酸性化」が起こるメカニズムとして、「大雨が降って河川が増水すると、淡水とともに有機物が海に流れ込む。この有機物が海で分解するときに酸素を消費し、CO₂を出すことが考えられる」と説明。気候変動によって大雨の強度や頻度が増えれば、沿岸酸性化の影響がさらに大きくなる可能性があると指摘した。

 水産研究・教育機構水産資源研究所で主幹研究員を務める小埜恒夫さんは、プロジェクトの全体を統括する報告を行った。

 小埜さんはどの海域の観測サイトでも、pHやアラゴナイト飽和度の年平均値は、マガキの幼生に影響を及ぼす可能性のあるしきい値よりも十分高く、まだ影響を与えるレベルにはなっていないことを紹介。その上で、「平均値は上にあるのに、沿岸酸性化の影響で時々下回ってしまう。種苗生産の時期に下回るような海域もあり、これが主要なリスクであることが分かった」と話した。

水産研究・教育機構水産資源研究所の小埜恒夫さん=山本智之撮影

 また、アマモ場が沿岸酸性化を抑制する可能性について触れ、「どういう密度のアマモ場をどういう場所に作ってやれば、より効率的に酸性化を止めることができるのかを知るために、まずはアマモ場の中で何が起きているのかをこれから1、2年かけて調べたい」と話した。

  一連のプログラムの最後には「海の異変にどう立ち向かうか?」をテーマに、今後の課題などをめぐってパネル討論が行われた。沿岸酸性化のための対策と漁業とのバランスをとる必要性、研究者と市民の連携の可能性などについて、さまざまな意見が出た。

パネル討論の様子=山本智之撮影

 日本の海ではいまのところ、海洋酸性化が原因で引き起こされた水産物への具体的な被害は報告されていない。しかし、研究者たちは日々、国内各地で地道なモニタリング調査を続け、データを集め、将来に向けた対策に役立てようとしている。

 (科学ジャーナリスト・山本智之)

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