海の酸性化 もう一つのCO2問題

潮間帯の生態系、長期変化を記録

岩礁域の潮間帯での生物調査の様子=北海道厚岸町愛冠(あいかっぷ)、野田隆史・北海道大学教授提供

 北海道大学の野田隆史教授(海洋生態学)らの研究チームは、21年間にわたるフィールド調査のデータを使って、温暖化と酸性化が潮間帯の生態系にどんな影響をあたえるのか解析を行った。2025 年1 月、海洋科学の専門誌「Frontiers in Marine Science」に論文が掲載された。

 野田さんらが調査を行ってきたのは、北海道東部の太平洋沿岸の岩礁域だ。今回の論文では、調査エリアとなっている厚岸町と釧路町、浜中町の5つの海岸のうち、4海岸の計20カ所について分析を行った。

 

 それぞれの調査地点では、縦1m横50cmの範囲に存在する生物の種類や量を、毎年記録し続けている。全く同じ場所で何年も繰り返し観察を続けられるように、岩の表面にドリルで小さな穴をあけ、「アンカー」と呼ばれるプラスチック製の杭を打ち込んである。調査の際には、このアンカーを目印に「方形枠」を押し当て、枠内に存在する生物の種類や存在量を記録する方式だ。

 調査は、「海藻類」「固着動物」「藻食性の巻貝」「肉食性の巻貝」の4グループ(機能群)が対象だ。種のレベルでは、この海域の岩礁域で潮間帯の生態系を構成する代表的な生物31種について解析をした。

 2003年から2023年までの21 年間で、海藻類が約3 倍増加した一方で、藻食性の巻貝類は約5 分の1 に減少していたことが確認された。

 種ごとに分析をした18種の海藻類のうち、「アッケシフジマツモ」(Neorhodomela oregona)など2 種は減少傾向だったが、「ピリヒバ」(Corallina pilulifera)や「アナアオサ」(Ulva australis)など7 種で増加傾向がみられた。

「アナアオサ」(Ulva australis)=山本智之撮影

 

 藻食性の巻貝では、「タマキビ」(Littorina brevicula)に増加傾向がみられた一方で、「シロガイ」(Lottia cassis)や「サラサシロガイ」(Lottia sp.)は減少傾向にあることが確認された。

「サラサシロガイ」(Lottia sp.)=山本智之撮影

 研究チームはさらに、海水温や海水の酸性度のデータを分析モデルにあてはめて計算し、統計的な解析を行った。その結果、藻食性の巻貝である「クロタマキビ」(Littorina sitkana)は、温暖化による海水温上昇によってマイナスの影響を受けていることがわかった。

 また、「シロガイ」や「サラサシロガイ」は、存在量の減少に酸性化が影響していることが、統計的に有意に示された。

 分析には、気象庁などのデータを使用した。海水の温度や水素イオン濃度指数(PH)のデータと、存在量の年変動との因果関係を統計解析した。その結果、海水の酸性度が高い傾向がある年は、その翌年にシロガイなどの存在量が減少する傾向がみられたという。

シロガイの存在量の長期変化=野田隆史・北海道大学教授提供

 ただ、酸性化は磯にすむすべての生物にとってマイナスになるわけではなく、海藻の「クシベニヒバ」(Ptilota filicina)など2種類、環形動物の「スベカワウズマキゴカイ」(Dexiospira spirillum)、海綿動物の「ナミイソカイメン」(Halichondria panicea)の計4種類については、酸性化がむしろプラスに働くという結果が出た。

 酸性化によってマイナスの影響を受けることが示されたのは、「シロガイ」などの藻食性巻貝3種のほか、肉食性巻貝の「チヂミボラ」(Nucella lima)、海藻の「イトヤナギ」(Pterosiphonia bipinnata)の計5種だった。

[チヂミボラ」(Nucella lima)=山本智之撮影

 研究チームは今後もフィールド調査を行い、潮間帯の生態系がどう変化していくのか記録を続ける方針だ。

 (科学ジャーナリスト 山本智之)

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