海の酸性化 もう一つのCO2問題

研究の広がりと論文数の急増

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 海の酸性化をめぐる研究は、世界でどのように始まり、今日に至ったのか。今回は、その歩みについて振り返ってみたい。

 

 冒頭のグラフは、「海洋酸性化(Ocean acidification)」という用語を含む科学論文が、毎年どのくらいの本数発表されたかを示したものだ。科学論文を対象にキーワード検索ができる「Web of Science」というデータベースサイトの情報をもとに、筑波大名誉教授の濱健夫さんが集計した。

 

 棒グラフを見ると、海洋酸性化に関する論文の数は、2000年代の半ばを過ぎてから一気に増えたことが分かる。濱さんは「海洋が二酸化炭素を吸収すること自体は、以前から広く認識されていた。しかし、その結果として海洋酸性化が引き起こされるという事実は、21世紀に入るまで、研究者の間でもほとんど重視されていなかった」と指摘する。

 

 海洋による二酸化炭素(CO₂)の吸収により、海水の濃度が増加していることを示す論文は、すでに1970年代後半には複数出ていた。しかし、CO₂を吸収した結果として海水の水素イオン濃度指数(pH)の低下が起こることに言及した論文が出たのはそれよりもずっと後で、1997年に米国のモントレー湾水族館研究所の研究者(P. G. Brewer)が発表したのが最初とされる。

 

 99年には、21世紀末にかけて海水のpHがどう変化するか予測をしたグラフを掲げた論文がドイツのアルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所の研究者(D. A. Wolf-Gladrow)らによって発表された。しかし、海の酸性化の深刻さが研究者たちに広く理解されるようになるには、さらに年月が必要だった。「Web of Science」の集計結果によると、海洋酸性化という言葉が最初に論文上で使われたのは2005年。この年に出た5本の論文のうち3本は、論文のタイトルにも「Ocean acidification」という言葉が含まれている。

 

 その後の動きは早かった。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が07年に公表した「第4次評価報告書」では、海洋酸性化を独立した項目として扱った。この年を機に、研究者だけが知っていた酸性化という「新たな環境問題」は、政策決定者を含む幅広い人々に認知されていく。

 

 近年、海洋酸性化に関する論文は、国内外で毎年800~900本前後が発表されるようになり、海の生態系を脅かす主要な問題の一つとして位置づけられるようになった。

 19年3月には、日本学術会議を含む主要20カ国・地域(G20)の科学アカデミーによる「サイエンス20(S20)」という会議が東京都内で開かれ、海洋環境の保全に関する共同声明が採択された。この共同声明には、「海洋生態系が直面する深刻な脅威」として、海の温暖化や貧酸素化、増大する海洋プラスチックごみとともに、海洋酸性化の問題が明記された。

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海洋酸性化の問題が明記された「サイエンス20(S20)」の共同声明文書

 

 S20は、G20首脳会議への科学的な提言を行うことを目的に17年にスタートした比較的新しい枠組みの会議である。共同声明は「海洋酸性化の影響は、造礁サンゴ、巻貝、イガイ、ウニなど炭酸カルシウムの骨格や殻を持つ多くの海洋生物種にとって危機的である。特に、深海サンゴ、翼足類プランクトン、円石藻、有孔虫類などに深刻な影響をもたらす」と警鐘を鳴らした。

 

 こうした提言を行うことができたのは、この20年ほどの間に、国内外の研究者たちが、様々な生物種を対象に、海洋酸性化の影響を探る飼育実験やフィールドでの調査などを積み重ねてきたおかげと言えるだろう。

 

 濱さん自身も、国内で比較的早い時期から海洋酸性化の生物実験に取り組んだ研究者の1人だ。その研究対象は、私たちの目に見えない小さなプランクトンたちである。酸性化は海洋のプランクトンにどう影響し、それは地球環境全体にどのように跳ね返ってくるのか。連載の次回で詳しく紹介したい。

 

(科学ジャーナリスト 山本智之)

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