海の酸性化 もう一つのCO2問題

追いつめられるサンゴ(下)

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海中に茂るサンゴの森は、デバスズメダイたちにとって絶好の隠れ家だ=沖縄県・慶良間諸島、山本智之撮影

 

 この写真は、沖縄県・慶良間諸島の海で出会った「デバスズメダイ」という魚だ。全長6センチほどで、体は鮮やかな水色。琉球列島や小笠原諸島などに分布し、浅いサンゴ礁の海で群れをつくって暮らしている。

 デバスズメダイは、危険を感じると一斉にサンゴの枝の隙間へと逃げ込む。その動きは、非常に素早い。群れ全体がまるで一つの生き物のように即座に反応する様子は、見事というほかない。こうして、大型の魚などの捕食者から、自分たちの身を守っているのだ。

 このように、南の海にすむ小魚たちにとって、サンゴの海中林は、天敵から身を隠し、安全に暮らすうえで欠かせない場所となっている。

 近年、高い海水温によるサンゴの白化現象が国内外で深刻になっているが、サンゴが白化して死滅し、崩れてがれき状になってしまうと、その海域に生息する魚たちの数や種類も減ってしまうことが知られている。

 地球温暖化に伴う白化現象の多発は、サンゴだけでなく、そこにすむ様々な生物にとっても、大きな痛手となることが避けられないのだ。

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サンゴが死滅した海域では、魚の数や種類が少なくなってしまう=沖縄県・慶良間諸島 ©朝日新聞社

 

 

 さまざまな海の生き物たちを育み、「海の熱帯雨林」と呼ばれるサンゴ礁だが、その未来はかなり厳しい。海の温暖化と酸性化がこのままのペースで進行し続けると、最悪の場合、2070年代には日本の海からサンゴ礁が消えてしまう可能性がある、とする予測研究が論文発表されているのだ。

 国立環境研究所や北海道大学などの研究チームは、2100年に大気中のCO₂濃度が現在に比べて約2倍の800ppm余りになるという条件で、日本近海の状況についてコンピューターシミュレーションをした。

 その結果によると、わりと高緯度に生息する「温帯性サンゴ」が分布できる水温域の北限は年平均1.2キロ、低緯度に生息する「熱帯・亜熱帯性サンゴ」が分布できる北限も年平均2.6キロのペースで、それぞれ北へと拡大することがわかった。これは、地球温暖化による水温上昇という現象だけに注目すれば、サンゴの分布は日本列島に沿って北へ広がるという可能性を示すものだ。

 しかし、話はそこで終わらない。海の酸性化の影響は、まず高緯度の北の海で深刻化することがわかっているが、酸性化が進むにつれて、サンゴが生息しにくいレベルの海域が日本列島に沿って南へ広がっていくことになるからだ。

 シミュレーションによると、酸性化が進みすぎで温帯性サンゴの生育に適さなくなってしまう海域の南限は、年平均28.2キロのペースで南下することが判明。熱帯・亜熱帯性サンゴの生息に適さない海域の南限も、年平均21.1キロのペースで南下するという結果になった。

 つまり、温暖化で熱くなりすぎた南の海を逃れるようにサンゴが分布を北へ拡大しようとしても、酸性化によってサンゴが生息しにくい海域が北から南へと広がるため、結局サンゴは“挟み撃ち”にあってしまうというのだ。

 最悪の場合、日本列島でサンゴが生育できる海域は、2060年代には九州から四国沖にかけての一部海域だけに縮小すると見込まれ、70年代には「サンゴの生息適地は日本近海から消滅する恐れがある」という結果になった。

 私たち人類がこのまま高いレベルでCO₂を排出し続けると、日本のサンゴ礁は温暖化と酸性化の“ダブルパンチ”を受ける恐れがある━━。研究者たちは、そう指摘している。

 (科学ジャーナリスト 山本智之)

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