追いつめられるサンゴ(上)
生物の多様性が高く、「海の熱帯雨林」と呼ばれるサンゴ礁。地球の表面積のわずか0.1%に、9万種を超す生物が暮らしている。しかし近年、高い海水温の影響で、世界各地でサンゴの白化現象と大量死が目立つようになった。
この写真は、日本最大のサンゴ礁域である「石西礁湖」で起きた大規模な白化現象の様子だ。海底を覆うサンゴが、まるで雪をかぶったように真っ白になっている。
いったん白化して衰弱したサンゴも、水温が低下するなど環境条件が改善すれば、回復して元通りになるケースもある。しかし、高い海水温が長期間続いてしまうと、白化したサンゴはそのまま死んでしまう。
サンゴは南の温暖な海域に分布するので、高い水温には強そうなイメージがある。だが実際には、一定のレベル以上の高水温が長く続くと、白化現象を経て死に至るのだ。石西礁湖の場合、30度を超すような高い海水温の持続が、大規模な白化現象の引き金になることが分かっている。
宮古島沖に広がり、国の天然記念物に指定されているサンゴ礁群である「八重干瀬(やびじ)」も、石西礁湖と同様に近年、高水温による白化現象で大きな被害を受けた。
航空機で上空から眺めた八重干瀬は、エメラルド色に輝き、非常に美しい。しかし、海底を覆う生きたサンゴの面積は、2008年の約71万平方メートルから18年の約23万平方メートルへと、激減していた。10年間で、生きたサンゴの7割が失われてしまったのだ。
高水温に伴う白化現象が、サンゴにいかに深刻なダメージを与えるかを、この調査結果は示している。実際、八重干瀬の潜水調査では、死んだテーブル状サンゴが広がっている海域が確認された。そこは、生き物の賑わいが少なく、焼け跡のがれきのようだった。
米科学誌『サイエンス』に豪州や米国の研究チームが発表した論文によると、地球温暖化の影響で、大規模な白化現象が昔に比べて頻発するようになっている。深刻な白化現象が起こる頻度は、1980年代初めまでは平均して25~30年に1回だったが、近年は約6年に1回だという。
日本列島の沿岸ではいま、熱くなりすぎた南の海から逃げ出すように、さまざまな種類のサンゴが、その分布を北上させている。たとえば静岡県の伊豆半島沿岸には、かつてはほとんど見られなかった種類のテーブル状サンゴが、多数出現した海域がある。
国立環境研究所の調査によると、こうした南方系サンゴの中でも「スギノキミドリイシ」という種類は特に北上のペースが速い。東シナ海沿いでは88年には種子島が北限とされていたが、2008年には約280キロ北の五島列島・福江島へと分布が広がった。1年あたりに14キロのペースで北上した計算になる。
こうした調査結果をみると、このまま地球温暖化が進んでも、サンゴはその分布域を北にシフトさせることで、熱すぎる海域を逃れ、どうにか生き残っていけるのでは、と期待したくなる。
ところが、そこに大きな壁となって立ちはだかるのが、「海の酸性化」だという。いったい、どういうことなのか。連載の次回で、詳しく紹介したい。
(科学ジャーナリスト 山本智之)