海の酸性化 もう一つのCO2問題

pHの分布を「見える化」

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世界の海洋のpH分布図(2020年6月)=気象庁提供

 

 世界の海を鮮やかに色分けしたこの図は、気象庁が作製した海洋の水素イオン濃度指数(pH)の分布図だ。赤色やオレンジ色などの暖色系はpHの低い海域、青色などの寒色系はpHの高い海域を表している。

 pHの値は低いほど「酸性」寄り、高いほど「アルカリ性」寄りであることを示す。つまり、酸性度が比較的高い海水が世界中に広がっている状況が図から見てとれる。

 ちなみに、この図で示しているのは「表面海水」のデータだ。海域によっても異なりますが、海の深い場所にはよりpHの低い海水が存在している。

 水俣病を招いた有機水銀など従来型の公害では、海が汚染されたとしても、それはある程度限られた海域で問題化する場合がほとんどだった。しかし、海の酸性化は太平洋、大西洋、インド洋といった区別もなく、まさに洋の東西を問わず同時に起こっている現象なのだ。

 私は、人類が大気中に放出した大量の二酸化炭素(CO₂)は、海に入り込む“汚染物質”の一つであると考えている。なぜなら、CO₂によって海の酸性化が進めば、将来は貝類やサンゴなどの生物に幅広く悪影響が及ぶ恐れがあるからだ。

 大気と海洋は、海の表面を通じてCO₂を含む様々な気体をやりとりしている。気象庁によると、海洋が大気から吸収したCO₂の量は、1990~2020年の平均で年間21億トン炭素(トン炭素は、炭素の重さに換算した二酸化炭素の量)にのぼる。

 私たち人類が化石燃料の消費や森林破壊を進めた影響で、大気中のCO₂濃度が高まり、海洋によるCO₂の吸収量はどんどん増えている。その結果、海水に溶け込んだCO₂が化学変化を起こし、pHを低下させ続けているのだ。

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、世界の表面海水のpHは、産業革命以前に比べてすでに0.1程度低下したと推定されている。気象庁によると、世界の海の表面海水のpHは、近年では10年あたり0.018のペースで低下している。

 冒頭に掲げた「世界の海洋のpH分布図」で、近年と過去のデータを比較してみよう。

 海によるCO₂の吸収パターンは季節変動の影響も受けるので、同じ「6月」の図を並べてみた。

 

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世界の海洋のpH分布図(1990年6月と2020年6月)=いずれも気象庁提供

 

 1990年の時点(左の図)では、赤道付近の一部を除いて、まだ酸性度の低い青色の海域(pHの高い部分)がかなり多く残っているのが分かる。その一方で、2020年(右の図)を見ると、酸性化が進行し、オレンジ色や黄色などの海域(pHの低い部分)の面積が大幅に増えている。

 世界の海を平均すると、表面海水のpHは、1990年以降だけで約0.06低下した。私が大学の学部を卒業したのがちょうど1990年なのだが、このわずか30年ほどの間にも、世界の海の酸性化が着実に進んでしまったことは、二つの図を見比べれば明らかだ。

 海の酸性化は、私たちの目には見えない現象だ。しかし、高い観測技術と最新のデータ処理方法を組み合わせることで、近年は海の酸性化の広がりを「見える化」できるようになっている。

 その結果、海の酸性化が深刻度を増しつつある状況や、この問題の解決は世界の人びとにとって共通の課題であるという事実もまた、改めて見えてきたのだ。

 (科学ジャーナリスト 山本智之)

 

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