ウニはさらに高嶺の花に?
食用のウニの価格が高騰している。原因は、2021年秋に北海道の太平洋沿岸を襲った史上最悪の赤潮による被害だ。
大規模な赤潮の影響で、北海道では2万7900尾ものサケが死んだが、被害金額が最も大きかったのはウニだ。漁業被害の総額は22年2月末までに約82億円に膨らみ、このうち約74億円がウニの損失額だった。
北海道を訪れる旅行者らにとって楽しみのひとつとなっている新鮮な「生ウニ丼」。その値段もアップした。札幌市に店舗を持つウニ料理の専門店は、21年11月まで1杯5千円台で出していた生ウニ丼を、翌12月から1杯7040円に値上げした。
北海道の沿岸や沖合に広がっていた赤潮そのものは、すでに姿を消している。しかし、出荷サイズの大きなウニだけでなく、成長途中のウニも大量に死んでしまったため、影響はさらに長引くとみられている。
北海道で漁獲されるウニには、「キタムラサキウニ」と「エゾバフンウニ」の2種類がある。「北海道水産現勢」(北海道水産林務部)によると、20年の漁獲量の内訳は、キタムラサキウニが52%、エゾバフンウニが48%となっている。
全国のウニの漁獲量(20年)は6650トンで、このうち北海道産は3890トンと約6割を占める。このため、北海道で漁獲されるこの2種のウニの水揚げ状況によって、全国のウニの相場が大きく左右されてしまう構図になっている。
北海道に大きな被害をもたらした赤潮は、「カレニア・セリフォルミス」という植物プランクトンが主体となって発生した。04年に新種として報告された新顔のプランクトンで、日本の海で赤潮被害を起こしたのは今回が初めて。国内の沿岸域で再び赤潮を発生させる可能性もあり、引き続き警戒が必要だ。
そして、北海道で起きたような赤潮被害の問題とは別に、ウニの数を将来、減らしてしまう恐れがあるとして懸念されているのが、「海の酸性化」の問題だ。
二酸化炭素(CO₂)を吹き込んで人工的に酸性化させた海水でウニの幼生を飼育したところ、通常よりも小型化してしまうことが複数の実験結果によって示されているのだ。
幼生には「腕」があり、エサである植物プランクトンをキャッチするのに役立つ。しかし、海水のpHが低くなるほど幼生の腕は短くなり、全体のサイズも小さくなってしまう。とがった長い腕には外敵から捕食されにくくする効果もあると考えられており、腕が短くなると生残率が低下する恐れがある。そうなれば、ウニの個体数は減少し、今よりもさらに“高嶺の花”になってしまうだろう。
海洋生物環境研究所研究員(現・沖縄科学技術大学院大学)の諏訪僚太さんは、食用になるウニの一種「ムラサキウニ」の幼生を使って、海の酸性化による影響を調べる実験を行った。
実験では、産業革命前に近いレベル(300ppm)のCO₂を海水に吹き込んで飼育したときの体の大きさを基準とし、海水のCO₂濃度を高めるとどんな変化が起きるかを探った。
その結果、近い将来(500ppm)の条件下では、基準の値に比べて幼生の腕の長さが14%短くなることが分かった。この実験で興味深いのは、現在の条件(400ppm)で飼育した場合も、基準に比べて腕の長さが11%短かったという点だ。
つまり、現在の海でみられるウニの幼生は、昔に比べてすでに腕が短くなっている可能性があることを、この実験結果は示唆している。
海の酸性化によるウニなどの生物への影響は、もしかすると日本の海ですでに起き始めていて、私たちがまだそのことに気づいていないだけなのかもしれない。
(科学ジャーナリスト 山本智之)