海の酸性化 もう一つのCO2問題

式根島(下) 魚の種類にも変化が

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二酸化炭素(CO2)の泡が噴き出す伊豆諸島・式根島の海底=山本智之撮影

 

 海底から二酸化炭素(CO₂)が噴出している伊豆諸島・式根島の海域は、「海の酸性化」が生物に与える影響を知ることができる“天然の実験場”だ。この海域では、式根島の通常の海底に比べてサンゴが非常に少なかったり、巻き貝の殻に異常が発生したりするなど、海の生物に様々な変化がみられることを前回の連載で紹介した。今回は、魚への影響についてフォーカスしてみたい。

 筑波大学下田臨海実験センターのシルバン・アゴスティーニ助教らの研究チームは、式根島の海を舞台に、海水のpHの低下が魚類相にどんな影響を与えるのかを調査した。国際学術誌に2020年、調査結果が論文発表された。

 研究チームは、式根島の沿岸域のうち、火山活動の影響で海水に二酸化炭素(CO₂)が溶け込んでpHが低くなっている「御釜湾」を調査海域に設定した。そして、比較のために、CO₂の影響を受けていない島南部の沿岸をコントロール海域(対照区)に選んだ。いずれも、長さ25メートル、幅5メートルの範囲でみられる魚の数や種類について、ダイバーが目視で記録をとった。

 16年6月と9月の調査期間中に観察された魚の種数は、コントロール海域が計64種だったのに対し、高CO₂海域(pH7.65~7.87)は計36種にとどまった。つまり、CO₂が溶け込んで海水のpHが低くなっている海域では、通常の海域に比べて魚の種数が約4割少ないことが判明したのだ。

 高CO₂海域で特に個体数の少なさが目立ったのは、スズメダイ科の「ソラスズメダイ」やチョウチョウウオ科の「チョウチョウウオ」、ハタ科の「キンギョハナダイ」、ベラ科の「ホンソメワケベラ」「ニシキベラ」など。このうち、ソラスズメダイやチョウチョウウオは海底のサンゴを好んで“隠れ家”として利用する性質がある。海水のpHが低い海域ではサンゴがほとんど育たないことが、個体数の少なさに影響しているようだ。

 一方、メジナ科の「クロメジナ」やタカノハダイ科の「タカノハダイ」のように、高CO₂海域のほうがむしろ数が多かった魚種もあり、環境の変化に対する生態系の応答の複雑さが垣間見える。

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高CO2海域で個体数の少なさが目立った魚種の具体例。左上から時計回りにチョウチョウウオ、ソラスズメダイ、ホンソメワケベラ、ニシキベラ、キンギョハナダイ=いずれも山本智之撮影

 

 ただ、全体として高CO₂海域では、魚の種数だけでなく個体数も、通常に比べて少ない傾向がみられた。

 海水のpHが低下しても魚が全くいなくなってしまうわけではないが、魚影が薄く、寂しい感じの海底になってしまうのだ。クマノミやミツボシクロスズメダイ、クロユリハゼ、トラウツボなど、調査期間中に高CO₂海域で全く姿が確認できなかった魚種も複数あった。

 式根島の調査結果から見えてくるのは、海の酸性化によって生物の多様性が低下し、生態系の「単純化」が進む未来の海の姿だ。いずれは魚を対象とした漁業への影響も出てくるだろう、とシルバンさんは考えている。

 海の酸性化による悪影響を直接受ける生物は、炭酸カルシウムの殻や骨格をもつ貝類やウニ、サンゴなどだ。しかし、サンゴをすみかとする魚たちの例が示すように、酸性化による「間接的な影響」によって減ってしまう生物がいることを、今回の調査結果は示している。

 (科学ジャーナリスト 山本智之)

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