海の酸性化 もう一つのCO2問題

式根島(中) 未来の海底の風景

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伊豆諸島・式根島の御釜湾=山本智之撮影

 

 伊豆諸島・式根島の沿岸には、海底から二酸化炭素(CO2)の泡が噴き出し続けている場所がある。島の南西部にある御釜湾などの海域だ。海水にCO2が溶け込むことで、水素イオン濃度指数(pH)が低下し、海の生物に様々な影響が出ている。ここは、人為起源のCO2の増加に伴って「海の酸性化」が進む将来、生態系に何が起こるのかを先取りして見ることができる場所である。

 筑波大学下田臨海実験センター(静岡県下田市)は2016年に島内に研究拠点の「式根島ステーション」を開設するなど、現地での調査に力を入れている。

 CO2の噴出地点から200~300メートル離れた海域で観測されるpHの値は7.8前後。もし私たち人類がこのまま高いレベルでCO2を排出し続けたなら、今世紀末ごろに到達する可能性がある値だ。

 筑波大学の和田茂樹助教らの研究チームは、こうした海域とセットで、酸性化の影響を受けていない島南部の海域を「コントロール域」として選び、こちらも比較のために生物相などの調査を続けている。

 コントロール域には、式根島本来の生態系が広がっている。海藻とサンゴが入り交じった海底で、生物の種類が豊かだ。

 一方、噴出するCO2の影響を受ける「酸性化海域」では、サンゴの数が極端に少ない。これは、通常よりもpHの低い環境が、石灰化生物であるサンゴの成育を妨げた結果と考えられる。また、海底を覆う海藻はシマオウギやイワヅタ類など背の低いものが多い。そして、微細な藻類が海底に茶色い塊となって広がっており、これはコントロール域の海底には見られない光景だ。

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サンゴと海藻が入り交じる式根島の海域は、生物の多様性が高い=筑波大学提供

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酸性化エリアの海底は、小型の藻類に覆われ、生物の多様性が低い=筑波大学提供

 

 このように、同じ式根島の沿岸でも、酸性化海域とコントロール域とでは、海底の生物の様子が大きく異なっている。

 特に影響が目立つ底生生物のひとつが、ホラガイ類のボウシュウボラだ。殻長20センチほどになる巻貝で、太平洋側では房総半島以南に分布する。

 ボウシュウボラの貝殻は厚みがあり、通常は褐色なのだが、式根島の酸性化海域では、貝殻の色が白っぽくなった個体がみられる。こうした個体は、通常の個体にくらべて貝殻の色が明るいため、海底でよく目立つ。研究チームが調べたところ、貝殻の表面が溶け、ダメージを受けていることが分かった。

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式根島の通常海域でみられるボウシュウボラ=筑波大学助教のBen Harvey氏提供

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殻の色が白っぽく変化した酸性化海域のボウシュウボラ=筑波大学助教のBen Harvey氏提供

 

 「酸性化海域」の個体は通常よりサイズが小さく、殻が薄いことが調査で確認された。採取されたボウシュウボラの中には、貝殻の頂上付近が欠けていたり、殻の一部に穴があいたりしている個体もあった。

海の酸性化がこのまま進むと、サンゴや大型の海藻が減り、海底で暮らす巻き貝にも影響が出るかもしれない――。式根島での調査からは、そんな未来の海底の風景が見えてくる。

 (科学ジャーナリスト 山本智之)

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