世界の森からSDGsへ

欧州における水源保全PESの取り組み――NbSによる拡散汚染対策として

PESFOR-Wの背景

 欧州環境庁(EEA)は河川・湖沼の水質マップを定期的に更新しており、それによれば生態的に良い状態にあるものは欧州全体で40%に過ぎない。これには農業による窒素やリンなどの富養分の排出、殺虫剤、沈殿物、糞便指標生物(FIO)などによる拡散汚染が大きく影響している。

 農業サイドでも富養分管理、耕起の削減、間作などの拡散汚染の減少対策を講じている。しかしながら、その効果には限界があり、広域を良好な生態的状況に導くには土地利用の大幅な変更が必要だという意識が高まってきており、総合的な集水域管理の一環としての植林による水保全策が注目されている(注1)。これは森林が果たす水質浄化機能を活用する自然による解決策(NbS)の取り組みの一つである。

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緩衝帯を設けずに河川の近くまで放牧地として利用されている状況。手前はヘッジロー=英アベリストウィス、2019年11月撮影

 

 しかるに、農地の森林化は、土地の価値の低下や農業収入の減少によって土地所有者や管理者に多大なコストを招くため、大きな壁がある。また、既存の森林が提供している水源保全サービスの維持のために、森林の管理手法を変更する場合にも資金が必要となる。

 このため、森林化を進める❝インセンティブ❞として期待されているのが「PES(生態系サービスへの支払い)」である。仏ネスレウォーターズによる取り組みは、米ニューヨーク市の取り組みとともに「世界で最も成功している水源保全PES」と言われているが、これらはいずれも関係者の長年にわたる努力とステークホルダー(利害関係者)との粘り強い交渉など複雑な経緯をたどって誕生したものである(注2)

 EUの水枠組み指令(WFD)や他の政策目標を達成し、農業による水流域の汚染を減らすために植林する……。こうしたインセンティブを提供するため、欧州でPESを用いる能力を高めるねらいで「PESFOR-W」と称される研究・訓練ネットワークが、2016~20年に30カ国以上が参加して実施された。このほどその❝成果❞として、効果的な水源保全PESスキームの構築のためのガイドマニュアルが作成された。本稿ではその成果を中心に紹介することにしたい。

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水源PESについての研究報告があったPESFOR-W総会(注3)。日本における水源PESと森林環境税について講演する筆者=スロバキア・ブラチスラバ、2019年10月撮影

 

植林による汚染物質減少の効果についての知見

 農地において、農業と林業を組み合わせた「アグロフォレストリー」の適用、緩衝帯や樹木を含むヘッジロー(生け垣)などの小規模な林地造成をすることによって、畑地や放牧地からの拡散汚染を大幅に減少させることが可能となる。

 管理の行き届いた樹林緩衝帯の幅によって、窒素やリン、沈殿物をどの程度捕捉するかについてののPérez-Silos[2017]の研究結果によれば、おおよその目安として100メートル幅となれば全ての物質について90%以上を捕捉するが、物質によって緩衝帯の幅と拡散汚染物の減少効果は異なる結果となっている(下の表)。また、ウェールズ地域を含む英国では汚染物質を減少させ、また洪水リスク管理に貢献するために、どの地域をターゲットとして植林をすればよいかが一覧できるような図面も作製されている。

 

◆よく管理された樹林緩衝帯の幅と拡散汚染物の減少効果(おおよその目安)

=出典:注1

緩衝帯の幅 5m 10m 20m 50m 100m
窒素 20% 30% 40% 80% 90+%
リン 10% 20% 30% 60% 90+%
沈殿物 80% 90+% 90+% 90+% 90+%

 

 一方、過去の管理によって単層林や単一樹種の森林が広がる所では、樹種や林齢の多様性を増やして病害虫などに対する強靭(きょうじん)性を増す対策がとられている。たとえば、ドイツでは、スプルースやパインの針葉樹林が病害虫の被害を受けていることから、広葉樹への転換が大規模に進む。

 また、樹林が草地などの他の植生と比べ、水を多く消費するために水の流出量が減るという点については依然、議論もあって研究が進められている。一般的には、針葉樹林を広葉樹林に転換して林齢を多様化させ、オープンスペースをつくることで水の流出量が増えることが知られているが、これは森林所有者に多大なコストを強いることになる。

 

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放牧地などの拡散汚染を捕捉する樹木を交えたヘッジロー=英アベリストウィス、2019年11月撮影

 

PESスキームのデザインと成功事例

 効果的な水源保全PESスキームを構築するための手順として、8段階が示されている(下の図)

 ◆PESスキームの構築手順(出典:注1)

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 ガイドマニュアルではまた、各地での成功事例を取り上げている。

 たとえば、水企業が水源地域を保全する費用を水消費者に課すPES類似の仕組み(英サウスウェスト・ウォーター、独サクソノミーとハノーバー、伊ETRA)、地下水の水質保全のための植林(デンマークのElmelund SkovとBrylle Water)、地下水の浸透改善(伊ボスコリミテ<注4>)などだ。

 筆者が2019年に英Anglian Water担当者から得た情報によれば、英国には水企業が8社(1989年に全て民営化)あり、主要な14河川が流れている。西側半分は河川、東側半分は地下水を利用しており、全ての水企業が30年までに「ゼロカーボン」をコミットしているという。

 Anglian Waterもその一つで、環境に悪影響を及ぼす薬剤のMetaldehyde(メタルアルデヒド)をFERRICに転換してもらい、その差額を農民に支払う「Slug it Out」と称するPESスキームや湿地の造成によって、リンの流入を阻止する取り組みを進めている。

 

【注・参考文献】

(1)PESFOR-W.2021.Forests for Water Services:A Step-by-Step Guide for Payment Schemes.

(2)柴田晋吾.2019.『環境にお金を払う仕組み━━PES(生態系サービスへの支払い)が分かる本』(大学教育出版)P142-144、P159-163

(3)https://www.forestresearch.gov.uk/research/pesforw/pesfor-meetings/bratislava-slovakia-october-2019/

(4)柴田晋吾.2022.『世界の森からSDGsへ━━森と共生し、森とつながる』(上智大学出版)P169-176

 

【御礼】 

 2年間にわたって本シリーズをお読みいただきありがとうございました。2022年7月までに配信された内容は、同月に刊行された『世界の森からSDGsへ━━森と共生し、森とつながる』(上智大学出版)にまとめて収録されておりますので、ご一読いただきますと幸いです。

 上智大学客員教授 柴田晋吾)

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