主催事業
世界の森からSDGsへ

欧州における多様な森の恵みの実現に向けた課題(4) 「グリーンケア」という新しい分野

グリーンケアとは?

 10月配信号で紹介した通り、「H2021CLEARING HOUSEプロジェクト」が欧州33カ国の一般市民を対象に「重要と考える生態系サービス」を尋ねたアンケートの結果によれば、「人間の健康」と回答した人が93%に上り、「動植物の生息・生育地」(96%)、「審美的価値」(96%)、「空気の質」(95%)に次いで4番目に多い結果となっている(注1)。このように自然とふれあうことで健康になりたいというニーズが高まる状況のなかで、「グリーンケア」という新たな分野が台頭してきている。

 Pettenellaによれば、グリーンケアとは自然とのコンタクトを通じて肉体的および精神的な健康とウェルビーイングを促進する一連の活動のことを指す(注2)。ケアとは一般的に健康を守るために人びとの世話をする、あるいは人びとが必要としているものを提供することを意味し、ウェルビーイングは身体だけでなく精神的、社会面も含めた健康を意味する概念としてWHO(世界保健機関)が定義している。

 「Green4Cプロジェクト」と称する研究プロジェクトが事業者などを対象にアンケートを実施し、「グリーンケア・ツーリズム」「森林ベースのケア」「社会農業」「都市グリーンケア」の四つのケア市場の欧州における展望について取りまとめているので、その内容を中心にグリーンケア・ツーリズムと森林ベースによるケアについて紹介する。

 

グリーンケア・ツーリズム(注3)

 グリーンケア・ツーリズムはまだ新しい発展途上の分野である。健康、ウェルビーイング、気分転換を求める旅行者を対象とし、自然と野生スペースに依存した幅広い体験や産品を含む組織的なツーリズムのことを指す。

 健康とウェルビーイングを高めるような体験に焦点が当てられ、予防的な健康増進活動として「自然への没入(裸足での歩行、食の森など五感を使って自然にふれる活動)」「自然と接して行うマインドフルネス(森林ウォーク、ヨガ、ピラティス、瞑想〈めいそう〉など)」「自然による健康活動(草原でのサウナ、森の中での樹木オイルによるマッサージ、クナイプ療法による治療トレイルなど)」「自然とのコンタクトによるストレスの減少(森林浴など)」があり、治療的な健康活動としては「自然のなかの治療(フォレスト・セラピー、ぜんそくやアレルギーに対処するためのエアロゾル吸入、海洋療法、マインドフルネスによる認知療法など)」がある。

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イギリスの森林浴のサイト画面(出典:注4)

 

 グリーンケア・ツーリズムの21組織へのアンケート結果を見ると、最も一般的な活動は「自然のなかの特別な場所の発見」「自然のなかの文化的体験」「森林浴」「自然のなかのマインドフルネス、および自然のなかでの訓練」となっている。

 これらの組織は一般的に従業員数人の小規模なことが多く、ホスピタリティーの要件として最も重要と考えられているのは、「地域の季節のメニュー」「健康なメニュー」「静かであること」であった。サービスの要件として最も重要だとしたのは、「専門家によるガイド」「プライベート・シャトルサービス」「公共交通」「オーダーメイドのグリーンケア活動」であった。さらに、インフラストラクチャーの要件として最も重要だとしたのは、「静かな場所」「休める場所」「道案内付きのトレイル」であった。なお、現状ではグリーンケア・ツーリズムについての認証スキームは存在していない。

 今後のグリーンケア・ツーリズムについてBriersらは、パンデミック後のツーリズム市場全体の拡大と相まってグリーン・ツーリズム市場も需要が増加すると見ており、グリーンケア・ツーリズムの発展にとって観光地域づくり法人(DMO)が重要な役割を果たすとともに、持続可能に管理された自然、核となる価値、専門家の訓練がカギになるとしている。

 

森林ベースのケア(注5)

森林ベースのケアは、欧州では約10年前からと比較的新しく、「治療(セラピー)とリハビリテーション」「予防と推進」「シナジーの便益」の三つに大別され、多様な取り組みがなされている(表参照)

表)森林ベースのケアの種類と提供者・顧客(出典:注5)

種類 提供者 顧客
治療(セラピー)・リハビリテーション 健康ケアの専門家 肉体的、精神的、社会的に特別なニーズを有している者
予防・推進 訓練された専門家(医療以外)、

ソーシャルワーカー、森林浴ガイド

脆弱なグループ、一般市民
シナジーの便益

 

教育者、森林ガイド、アーティスト、ツーリストガイド、土地所有者、

ツーリズム事業者

学生、一般市民

 

 森林ベースのケアに使用される森林は一般的に1~5ヘクタールと小規模であり、国公有林が目立つ。取り組み自体も小規模で、決まった収入がない不規則な活動である場合が多い。顧客は年間5~500人程度と幅があり、精神的健康に関心のある人、および森林や自然による健康増進に関心がある健康な人が多くを占めている。

 近年、森林ベースのケアによる効果についての科学的実証は増えているが、依然として十分でないと考えられている。オランダやスコットランドでは、医師によって森林を活用したセラピーが開始されている。また、市場が断片的であることや広く認識されていないことから、森林ベースのケアはイベントの口コミ、評判などのインフォーマルなレベルでされているのが実態であり、品質保証システムは存在していない。

 Fraccaroliらは今後の市場の発展のためには、森林ベースのケアの提供者同士の連携、持続可能な資金提供、健康セクターからの認識の向上、欧州レベルの認証の仕組みの創設、ケアの好影響についての科学的知見の増加が必要であるとしている。なお、ケアの提供者同士の連携が十分でないことが多いものの、ベルギーでは、ガイド付きの日帰りのグループ森林浴ツアーの最低料金が1人25ユーロに設定されている。

 

各国の状況

 フィンランドにおいても都市に住む人びとが増えており、自然とのコンタクトを喪失しつつある人や仕事上のストレスから消耗・早期退職をする人が増えている。これらをターゲット層としたグリーンケア事業が増えている。

 2021年時点で、フィンランドには860ものグリーンケア事業者が存在している(注6)。たとえば、15年にスタートした「Forest Mind」という会社は、訓練されたインストラクターを少なくとも500人ほど抱え、1千余りのフォレスト・セラピーのコースを実施している。しかしながら、同社はフィンランド政府から公的な治療(セラピー)として認められているわけではない。

 また、イタリアにおいて土地所有者は、一般市民の所有林へのアクセスを拒否する権利を有している。しばしば、森林所有者が所有林内に宿泊施設を設置して森林浴ガイドと協定を結び、ガイドが自由に土地にアクセスすることを認める代わりに、所有者は顧客から宿泊・食事代を得ている。

 スイスの森林浴は、メディアや企業に知られ始めたばかりの段階である。スイス森林浴組織(WIS)は19年に設立され、一般市民対象の森林浴や将来の森林浴ガイドのための教育を提供している。代表のZoë氏自身が認証フォレスト・セラピーガイドである。森林浴でリラックスし、ストレスの減少を図りたいと、森林浴のコースに参加する人が多いという。参加者は静けさのなかで自然に触れ、ゆったりと呼吸をし、体を動かすことを楽しんでいるという。森林浴のコースは「1日コース」「週末のワークショップ」「4~8日間の休日コース」「上級コース」がある。また、ガイドを将来めざす人に向けた訓練プログラムは3~4カ月間に11日間以上実施され、終了後に認定証を受ける仕組みとなっている。

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スイスのWISによる森林浴コースの様子=Zoë D.Lorek氏提供

 

 

【注・参考文献】

(1)Georg Winkel,Dennis Roitsch,Marko Lovric.2021.Forest Ecosystem Services in Europe.Supply,Demand and Politics of Cultural FES.European―Japanese Online Sophia Symposium:“Exploring the Importance of Cultural Forest Ecosystem Services FES in an International Perspective―Towards New Forest―related Business Opportunities? November 15th,2021.

(2)David.2021.Challenges for marketing and payment for cultural FES in Europe.

欧州と日本を結ぶ国際シンポジウム「文化的森林生態系サービスの重要性を国際的な視点で探る―新しい森林関連のビジネスチャンスに向けて?」(Sempik.et.al.,2010,P121)より

(3)Briers,S.,De Vreese,R.,Burlando,C.,Doimo,I.and Candrea,E.P.2021.Green care tourism Market Outlook.Erasmus+ Green4C project Deliverable 3.4:EU Market Outlooks.

(4)Gregory Valatin.2021.Cultural Forest Ecosystem Services in UK.

欧州と日本を結ぶ国際シンポジウム「文化的森林生態系サービスの重要性を国際的な視点で探る―新しい森林関連のビジネスチャンスに向けて?」より

(5)Fraccaroli,C.,Soer,A.,Doimo,I.,De Vreese R.,Devisscher,T.,Humer,M.,Öllerer,B.,Mühlberger,D.,Van Den Bosch,M.(2021).Forest―based care Market Outlook.Erasmus+ Green4C project,Deliverable 3.4:EU Market Outlook.

(6)フィンランドのフォレスト・ケアのイニシアチブなどを参照(Forest Care initiatives in Finland)

https://www.gcfinland.fi/

 (上智大学客員教授 柴田晋吾)

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