主催事業
世界の森からSDGsへ

欧州における多様な森の恵みの実現に向けた課題(3) 橋渡しツールとしてのPESへの期待

多様な森林生態系サービス(FES)の実現のための課題

 「SINCERE/NOVEL報告(注1)」では、欧州において多様な「森林生態系サービス(FES)」を実現するための課題として、以下の点を挙げている。一つは、増大が著しいと見られる調整・文化サービスの社会的需要に十分に応えられていないなど、FESの需要と供給の大きなミスマッチが起こっていることがある。二つ目は、森林関係の政策が特定のFESに着眼した目的・目標を設定しているため、相反する目標についての政策統合を欠いていること。さらに、伝統的に圧倒的な経済的重要性を持つ木材生産に焦点が当てられてきたことから、レクリエーションなど木材生産以外のFESのためのインセンティブに対する政治的支援がないことである。

 このほか、木材生産以外の幅広いFESについての需要・供給やイノベーションについての正確な情報の欠如、気候変動への適応への対応についての圧力の高まり、各国の政策的背景の多様性が著しいために欧州全体での画一的な解決策の欠如などが指摘されている。

新たなトレンドと提示されている解決への道筋

 一方で、都市的マインドを有する新たなタイプの森林所有者やイノベーションに影響を与えるような都市と郊外の新たな関係の出現などの機会が生まれるとともに、気候変動などの不確実性の高まりからも、従来の木材一辺倒から収入源を多様化しようという動きが出てきている。新たな市場機会としては、自然ツアーや健康関連の観光セクターおよび体験型経済に関連するものが最も多いが、墓地森林などの調整・文化サービスの供給に関連するイノベーションも生まれてきている(注2)

 さらに、2021年7月の欧州森林戦略では、欧州排出量取引制度(EU-ETS)で取引可能な炭素証明の創出を目指す「カーボン・ファーミング・イニシアチブ(CFI)」に森林投資を含めることを打ち出しており、森林カーボンの認証制度も23年までに創設することとしている。30年までに55%削減、50年までにゼロを目指すEUの野心的な脱炭素目標によって、ETSの炭素価格は97ユーロ/tCO₂eq.(22年2月現在)にまで上昇してきており、森林カーボンが欧州の森林経営において経済的に魅力あるものとなる可能性も指摘されている。

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墓地として使用されている森林。寛大な森林所有者の存在が増加の背景にあるという。ナンバー表示以外、外観は通常の森林と変わらない=スイス、Andreas Bernasconi提供

 

 SINCERE/NOVEL報告(注1)はこのような状況を踏まえ、将来への道筋として▽調整・文化サービスを含めた幅広いFESの需給のモニタリングを通じたより良い情報の取得▽EUの森林目標と政策ツールを明確に連動させることによる政策統合▽欧州レベルでの「PES(生態系サービスへの支払い)制度」に向けた検討▽ボトムアップの参加、とくにFESイノベーターの参加と相互学習の喚起――の4点を提案している。

“トレードオフ”橋渡しのためのツールとしてのPES

 このなかで、EUの政策統合が必要な理由は、FESの実現に当たって避けられない供給サービスと調整・文化サービスとの“トレードオフ”に対処するための確固たるプロセスを具体化させるためだとしている。すなわち、異なる森林管理の選択肢について合意するか、または妥協を見いだすために、異なる結果と価値のトレードオフを明確にして議論しなければならないからである。

 例えば、林業大国のフィンランドでは、森林所有者が木材を生産するのは長年“当然の権利”として考えられてきているが、伝統的に行われてきた数十年の短いサイクルで一斉林を回転させる施業方法によって維持されてきている森林は多くのレクリエーション利用にとっては理想的ではない。レクリエーション利用にとってふさわしい森づくりをするためには、いくらかの木材生産の犠牲を伴わねばならないが、そのような補助金は存在しないため、森林所有者がレクリエーション利用に適した森づくりを進めるインセンティブがない(注2)

 一方、森林が乏しいデンマークでは、伝統的な針葉樹の一斉同齢林の皆伐施業が200年間続けられてきたが、1989年の多目的利用のための森林法改正や99年の未曽有のハリケーン被害などを契機に、2005年には自然に近い林業の行動計画が策定され、18年には国家森林プログラムに炭素固定が位置づけられるなど、よりレジリエンスの高い森づくりが目指されるようになってきている(注3)

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デンマークではよりレジリエンスの高い森林が目指され、常時被覆と多目的林業がキーワードとなっている(「20年多様な森林生態系サービスのガバナンス・カンフェランス」から=注3

 

 調整・文化サービスの実現のためには、政府自らによる供給、規制、企業による自主的努力、動機づけ/市場ベースなどの様々な政策手法を組み合わせて用いることが必要になる。
規制手段では最低限の環境配慮の義務づけがなされるが、より柔軟かつ高度な要請に対応する仕組みとして市場ベースの手段やPESがあると考えられている。多くが公共財である調整・文化サービスの需要者主導のPESの構築は難しいために政府による補助金の形で支払われるケースが多いが、制度的な改革などによって一定の市場ベースの手段の導入も試みられている(注4)

 PESは規制などのほかの政策手法が使えない場面で、調整・文化サービスの供給の動機づけをするツールと考えられており、ステークホルダーの利害のトレードオフの橋渡しをする役割が期待されているのである(注1)

欧州全体でのPES創設についての論点

 前述の報告が将来の道筋として提案していた、欧州全体、あるいは様々なレベルでPES制度が可能となるような政策フレームワークを構築することは、EUの統合的な森林政策のアプローチにとって“強力な武器”になると期待される一方で、懸念されるデメリットもある。

 メリットとしては、前回配信号で述べたように欧州のほとんどの森林が木材生産と同時に無料のレクリエーション利用に供されている点である。とくに、広域レベルの気候緩和や生物多様性保全などについて資金を集めて森林所有者に要している費用を還元することは合理的である。さらに、共通農業政策(CAP)による補助金がEUの環境に大きな影響を与えており、森林分野でも同様なPES制度を構築することが、景観レベルにおける生産と保全の政策の調和に役立つ可能性があるとしている。

 一方のデメリットは、欧州では森林問題の法的権限はEUではなく国レベルにあり、法的事情は国により大きく異なっているため、比較可能なFES供給の基準値を定めることは難しいという点だ。また、いわゆるクラブ財である水源保全やレクリエーションなどのFESは狭い地域レベルでのPESのほうがふさわしい。さらには、各国政府や市民が支払うかどうかという問題、欧州では小規模森林所有者が多くを占めるためPESの契約やモニタリングに多大な取引費用を要するといった問題もある。

 これらの諸点を考慮して、創設する場合の必要要件として▽システム的な目標を合意すること▽資金源の明確化▽革新的な仕組みの構築▽焦点を絞ること▽十分な実施期間を設けること――などを挙げている。とくに、土地所有者の決定と社会的な目標の調整によって社会福祉的なメリットがもたらされる場所、あるいは、生物多様性ホットスポットや「ナチュラ(Natura)2000」で保護されている森林、都市近郊や自然ツーリズムの目的地などの社会的・環境的に重要な場所など、PESを最初に構築すべき優先的な地理的区域を明らかにすべきとしている(注1)

 

【注・参考文献】

(1)SINCERE&NOBEL.2022.Governing Europe’s forests for multiple ecosystem services:opportunities,challenges,and policy options.Policy Paper.28 March.

(2)柴田晋吾.2022.『世界の森からSDGsへ-森と共生し、森とつながる』上智大学出版.

(3)Morgens Krog 2020.Close-to-nature forest management and nature conservation:a Danish example of multifunctional forest.presented at International Conference on Governing and managing forests for multiple ecosystem services across the globe,February,2020.Bonn

(4)柴田晋吾.2019.『環境にお金を払う仕組み-PES(生態系サービスへの支払い)が分かる本』大学教育出版

 (上智大学客員教授 柴田晋吾)

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