主催事業
世界の森からSDGsへ

欧州における多様な森の恵みの実現に向けた課題(2) 根深い環境と林業の二極化

フォレスターと環境NGOの関係の変化:90年代以降は「協働」へ

 スウェーデンにおいては、1960年~2000年の間にフォレスター(森林・林業の専門家)と環境NGOとの関係が、無視(1960年代)、反論(1970年代)、傾聴(1980年代)、協働(1990年代)と変化したという分析がある(=下の図)。このような傾向は他の欧米諸国においても同様である(注1)

  ◆スウェーデンにおけるフォレスターの環境NGOへの態度の変化(出典:注1) 

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無視時代(1960年代)

 

 

 

 

 

 

 

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反論時代(1970年代)

 

 

 

 

 

 

 

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傾聴時代(1980年代)

 

 

 

 

 

 

 

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協働時代(1990年代)

 

 

 

 

 

 

 

協働によっても改善されない自然保護と生産推進の二極化

 ステークホルダー(利害関係者)の協働によって、各地で発生した様々なレベルの数多くの対立や問題が解決・緩和・管理されたことは事実であるが、対立や意見の相違がなくなったわけではない。欧州では、自然保護、林業と木材という異なる二つの考え方は、それぞれ欧州委員会環境総局と農業総局の立場であり、自然保護と生産推進という両極のコアの観念・考え方は不変であり、それぞれのグループで森林に対する見方、政策目標、資源管理の規範、政策の焦点が異なる(=下の表。注2、3)

 すなわち、前者は生物多様性戦略において地域の30%を保全地域に、10%を厳正保全地域とする目標を掲げ、「Natura2000」を推進する立場であるが、後者は森林セクターの生産力・競争性を高めるという立場である。Nature2000は林業セクターの利害に反するとみられているため、真剣に取り組まれていない場合も多いという(注3)

 また、地域によって社会的ニーズ、プライオリティーの違いが鮮明に見られる。すなわち、フィンランド、オーストリア、スウェーデンなど森林の多い国々は伝統的に後者の勢力が強く、一方、オランダ、デンマーク、ベルギーなど森林が乏しい都市近郊の国々は前者の勢力が強くなっている。

  ◆欧州における森林をめぐる二つのグループの考え方の違い(出典:注2、注4) 

  ()の項目は著者の加筆

項目 林業と木材・関係者 自然保護・関係者
森林の見方 持続的に使用する資源 保全すべきかけがえのない生物多様性からなる生態系
主な政策目標 革新的な森林セクターの競争性 生物多様性と自然度を増やす
資源管理の規範 持続可能な森林経営 保全と自然に近い林業
焦点を当てる森林生態系サービス 供給サービス 調整・文化的サービス
主な政策の焦点 森林所有者と生産者の支援。市場のガバナンス。インセンティブ 森林保全。規制とインセンティブ
該当する機関や国 欧州委員会農業総局。森林が多い国(フィンランド、オーストリア、スウェーデン)と林業局 欧州委員会環境総局。森林が少なく、都市近郊の国(オランダ、デンマーク、ベルギー)。環境NGO。環境部局

 

政策統合と調整・文化的サービスの実現可能性

 このため、これらの政策統合を図る必要性が今回の政策提言の第一に挙げられている(注3)。前回の配信記事で述べたように、調整・文化的サービスに対する社会的ニーズの高まりが著しいが、森林所有者の収入手段は従来通りほとんどが木材生産によるものであり、また、森林政策は伝統的に木材生産に重点が置かれてきているため、多くの野生産品は木材経営の副産物とみなされているなど、木材以外の森林生態系サービスの供給のためのイノベーティブな取り組みについての支援が乏しい実態にある。このため、所有者が調整・文化的サービスを提供するようなインセンティブを付与することが重要になっている(注3)

 現状では欧州地域の森林の80%が木材生産に使われているが、同時に実に90%近くがレクリエーション活動にも利用(多くは無料)されている(注3)。前者は、集約的な生産性の高い森林を志向し、後者は自然に近い林業などより非集約的な森林を志向する。

 これらの対立する管理目的をいかに調整し、提供されるサービス間のトレードオフを緩和させるかが問題となる。狭い区域においてはこれらの統合ができない場合でも、広域の景観レベルになるとゾーニングなどによって統合可能なオプションを見いだす可能性があるからである(注3)

 また近年、社会的背景の変化も起きている(注3)。まず、森林生態系サービスについての社会的ニーズの増大で、自然体験ツーリズムなど新しい市場が伸びてきていることがある。また、絶対数としては少ないものの、木材生産収入に依存しないような都市的な価値観を持つ新しいタイプの森林所有者が生まれてきていることがある。

 さらに、所有形態の変化や地方と都市との新たな関係も生まれてきている。これらの社会的背景の変化が呼び水となって、実際に中央~西ヨーロッパ地域で墓地森林が大きく拡大しているなど、調整・文化的サービスのイノベーティブなビジネスモデルも生まれてきている。次回は、提言の2番目にある生態系サービスへの支払い(PES)に焦点を当て、この点についてさらに深く見ていくことにしたい。

 

【余録】 原生的な景観か?整備された景観か?いずれを好むか

 

 「H2021 CLEARING HOUSEプロジェクト」によるアンケートでは、異なる自然度の景観の好みを問う質問も設定された(=下のイラスト。注2)

 ①は最も原生的な自然景観であり、②~④になると次第に人為度が高くなり、⑤は整備された都市公園的な景観である。1万3317の回答総数の結果は①が3635(27%)、②が3370(25%)、③が1454(10%)、④1492(11%)、⑤が3366(25%)だった。①の最も原生的な景観が全体の27%と最も多いものの、次いで②のやや原生的な景観(25%)や⑤の整備された都市公園的景観(25%)も多い。人為の少ないより自然な①および②を合わせると7005(53%)と半数を超えた。

 また、より人為の高く整備された④および⑤を合わせると4858(36%)であり、好みは分かれているものの、人為の少ないより自然な景観に対する魅力を感じる人の方がやや多いという結果になっている。日本の上智大学の学生に尋ねたところ、①は「クマなどの野生生物に遭遇しそうで怖い」といった意見もあった。「グリーン・パワー」読者の皆さんは①や②を好まれる方が多いのではないかと推測しておりますが、いかがでしょうか?

  ◆アンケートで尋ねた5種類のイラスト(出典:注1)

1zu

イラスト①

 

 

 

 

 

 

2zu

イラスト②

 

 

 

 

 

 

 

3zu

イラスト③

 

 

 

 

 

 

 

4zu

イラスト④

 

 

 

 

 

 

 

5zu

イラスト⑤

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【注・参考文献】

(1)柴田晋吾.2006.エコ・フォレスティング.日本林業調査会.91ページ、元文献は、E.Hansen,R.Fletcher,J.McAlexander 1998.Sustainable  Forestry,Swedish  Style,for  Europe’s Greening Market.Journal  of  Forestry.vol.96-3.図は柴田.1998.持続可能な森林経営と海外における森林造成活動(その3)スウェーデンにおける森林認証等の動き.「緑の地球」誌 vol.8-3.

 

(2)Georg Winkel,Dennis Roitsch,Marko Lovric.2021.Cultural Ecosystem Services in Europe.Supply,Demand and Politics  of  Cultural  FES.European―Japanese Online  Sophia Symposium:“Exploring the Importance of Cultural Forest Ecosystem Services FES in an International Perspective―Towards New Forest-related Business Opportunities?”  November 15,2021.

 

(3)SINCERE&NOBEL.2022.Governing Europe’s forests for multiple ecosystem services:opportunities,challenges,and policy options.Policy Paper.28 March.

 

(4)柴田晋吾.2022.『世界の森からSDGsへ――森と共生し、森とつながる』上智大学出版.11ページ.

 

 (上智大学客員教授 柴田晋吾)

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