主催事業
世界の森からSDGsへ

欧州における多様な森の恵みの実現に向けた課題(1) 増大する社会的ニーズと報われない森林所有者

メガトレンドの真っただ中でイノベーションを追究

 ヨーロッパ地域の森林は、気候変動への適合、進行する生物多様性危機、再生可能エネルギー・マテリアルへの経済の変革というメガトレンドの真っただ中にある。このような中、森林の生態系サービス(FES)についての斬新な政策と新たなビジネスモデルを開発する目的でヨーロッパ地域を中心に実施されてきた研究プロジェクトのSINCERE(シンシア、Spurring INnovations for forest eCosystem sERvices in Europe、『グリーン・パワー』2021年4月号参照)は、22年3月で4年間の活動が終了し、このほどNOBELなどの他のプロジェクトとともに政策ペーパーと提言がとりまとめられた(注1、2)

 これに先立って開催された日本・ヨーロッパを結ぶオンラインシンポジウム「文化的森林生態系サービスの重要性を国際的な視点で探る―新しい森林関係のビジネスチャンスに向けて?」において、ゲオルク・ウィンケルSINCEREプロジェクト・コーディネーター兼欧州森林研究所ボン所長(肩書は当時。現在はワーゲニング大学教授/森林・自然政策グループ長)からは、森林生態系サービスの需要と供給、イノベーションと収益性などについてヨーロッパ各国の森林所有者や一般市民を対象にしたアンケートの結果についての報告があった(注3)。

 そこで、今回を含めて数回、ウィンケル教授の許可を得てSINCEREプロジェクトの取りまとめ知見や政策ペーパー、シンポジウムの登壇者の報告資料や関連する成果報告などに基づいて、ヨーロッパ地域における森林の多様な恵み(生態系サービス)の実現をめぐる現状と課題について紹介する。

森林の提供するサービスについての多大な市場の失敗

 EU加盟諸国の総面積の中で森林は43.5%を占めており、そのうちの60%が私有林であり、ほとんどが人によって管理されている管理林(managed forest)である。それらの23%がナチュラ2000保全区域に指定されており、気候変動の緩和や生物多様性保全という生態的な側面で重要な意義を有している。

 一方、400万人がヨーロッパのサーキュラー・エコノミーへの転換にとって重要な森林セクターに関係する職業に就いており、1470億ユーロ(約19.6兆円)の付加価値生産額を生んでいる。しかしながら、森林率や森林との関わりについては、地域によって大きな差がある(注2)。

 一番の問題は、森林は木材やバイオマスのほかに様々な物とサービスを提供しているが、それらの多くの非常に重要なサービス、たとえば、炭素固定、水源涵養、生物多様性保全、レクリエーション体験――などは通常市場が存在しないことである。このため、私有林の森林所有者はそれらのサービスの質を改善したり、量を増やしたりする十分なインセンティブを持たないという多大な市場の失敗が生じているのである(注1)。

人びとが森に期待するもの

 H2021 CLEARING HOUSEプロジェクトによるアンケートがある。市民に対し、地図上で最も多く訪れる特定の森を示して「あなたにとってこの森が果たしている次の便益はどのくらい重要ですか?」と尋ね、「重要でない=0」から「極めて重要=100」までの数値で答えてもらい、ヨーロッパ地域の33カ国全体で1万3391の回答を得た。この結果を集計した結果が下の図である。これによれば、「動植物の生息・生育地」と「審美的価値」のスコアが96で最も高く、次いで「空気の質」「人間の健康」「炭素貯留」の順で、いずれもスコアが90以上となった。さらに「騒音低減」「自然災害の防止」「気温低下」「レクリエーション」「水・土壌保全」「スピリチュアル価値」の順で続き、85~79のスコアとなっている。これらに次いで、「非木材産品(木材以外の森林産品)」が70、「教育」が68だった。

 一方、「雇用」「薪炭」「木材」「狩猟」は50以下でかなり少ないスコアとなった。この結果を見る限り、調整・文化的サービスについての市民の認識の高さが浮き彫りになるとともに、雇用や商品を提供する供給サービスに対する重要性についての認識は低いことが明らかになった。

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(注3)のデータをもとに著者作製

 

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歩行などの自由アクセス権があるオーストリアの森と集落の景観(北イタリアからグラーツに向かう高速道路から=2019年10月

 

森林所有者などの社会的ニーズについての意識

 また、森林所有者および森林管理者に対してもアンケートを実施した。「この20年間であなたの森林の森林生態系サービスへの社会的需要は変化しましたか?」と尋ね、「大きく減少=0」から「大きく増加=100」までの数値で答えてもらい、得られた1186の回答について「0~20:大きく減少」「20~40:減少」「40~60:変化なし」「60~80:増加」「80~100:大きく増加」と整理し、集計したものが下の図である。

 これを見ると、全般的に森林に対する社会的ニーズが高まっているという結果となっているが、なかでも、気候制御や水源保全などの調整サービスについての社会的ニーズが高まっていると認識している者が一番多く、次いで、レクリエーション体験などの文化的サービスが続いており、木材・バイオマスなど供給サービスはこれら2者と比べると少ない結果となり、前述の市民の意識と同様の結果となった。

 

  ◆森林所有者・森林管理者の森林の社会的ニーズの変化についての認識(ヨーロッパ)(出典:注3)

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Provisioning FES : 供給・森林生態系サービス、Regulating FES : 調整・森林生態系サービス 、Cultural FES:文化的・森林生態系サービス

 

 

森林生態系サービス別に見た森林からの収入

 下の各グラフは、ヨーロッパにおける森林所有者および管理者に対して、森林からの収入(補助金や公的資金も含む)が供給・調整・文化のいずれの生態系サービスのグループから由来しているかの比率を尋ねた結果である。これを見ると、バイオマス生産などの供給サービスが圧倒的に重要な位置を占めていることが確認され、補助金や公的資金を含めた数値ながら調整・文化的サービスによる収入が2~5割を占める者も相当数いるものの、8割以上の大多数の者にとって、調整および文化的サービスからの収入は2割以下であることがわかった。

 つまり、社会的ニーズは調整・文化的サービスの増大が著しいが、収入を得られるすべとしては依然、供給サービスによるものが圧倒的という実態があり、森林所有者にとっては調整・文化的サービスを提供するインセンティブは乏しく、これらの社会的需要と供給側の大きなミスマッチが生じていることが明らかになったのである。

 

 ◆森林からの収入についての森林生態系サービス別の割合注3

※すべての森林からの収入のうち、それぞれの生態系サービスのグループが占める割合(0~1)の段階をプロットしたもの

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供給・森林生態系サービス

 

 

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調整・森林生態系サービス

 

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文化的・森林生態系サービス

 

 

 

【注・参考文献】

(1)SINCERE & NOBEL. 2022. Governing Europe’s forests for multiple ecosystem services: opportunities, challenges, and policy options. Policy Paper. 28 March.

(2)SINCERE. 2022. Policy Brief. Four pathways to govern Europe’s multiple forest ecosystem services.

(3)Georg Winkel, Dennis Roitsch, Marko Lovric. 2021. Forest Ecosystem Services in Europe. Supply, Demand and Politics of Cultural FES. European-Japanese Online Sophia Symposium : “Exploring the Importance of Cultural Forest Ecosystem Services(FES)in an International Perspective-Towards New Forest-related Business Opportunities?” November 15th, 2021.

 (上智大学客員教授 柴田晋吾)

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