主催事業
世界の森からSDGsへ

SDGsの実現のために社会変革をどう起こすのか?(2)

良い暮らしについての多様なビジョンの受容

 前回に続いて、介入点(レバレッジ・ポイント)のうち、「良い暮らしについての多様な観念(ビジョン)の受容」「消費と廃棄の総量の削減」および、「価値観と行動の解放/拡大」について見てみよう。

 「良い暮らしについての多様なビジョンの受容」については、「良い生活=モノの消費と経済成長」というイメージが染み付いている現代社会では、幸福は消費するモノやサービス、そして成功は金銭的な裕福度や収入にそれぞれ比例すると広く信じられている(注1)。

 このことが“持続不可能”なレベルの資源の収奪と温暖化ガスや廃棄物を生むとともに、社会的不平等と環境劣化のはびこる状況を招いている。持続可能な未来のためには、このようなライフスタイルを変えなければならない。

 世界各地で近隣者との信頼、介護へのアクセス、創造性のある表現の機会、認知されることなどの社会的に媒介された非物質的な要素が、生活の満足度を生むのに主要な役割を果たすといった数多くの証拠がある(注2)。厳しい生活を余儀なくされている「貧困層」に近い一定の「低収入層」においては、幸福は収入や消費ではなく、人びとや自然との関係で決まっているという研究結果もある(注1)。

%ef%bc%97%e6%9c%88%e4%b8%96%e7%95%8c%e2%91%a0

%ef%bc%97%e6%9c%88%e4%b8%96%e7%95%8c%e2%91%a1

タイ・チェンマイ近郊ホアロア集落のカレン族の人びと=いずれも2016年8月撮影

 

「関係価値」の重視によるウェルビーイングについての包括的理解

 幸福や成功を再定義するためには、個人レベルでは「良い暮らし」に対する自身の考えを変えるだけでなく、周辺の人びとやコミュニティーに影響を与えるSNSなどによる「社会的シグナルの発信(social signalling)」が重要となる。

 政策決定レベルにおいては、政府機関は持続可能なウェルビーイングを育てることを第一に考え、経済成長はそのための手段に過ぎないという意識変革に努める必要がある。これに関連して(前回記事に登場したブリティッシュコロンビア大学の)カイ・チャン教授は、環境政策の決定では、生態系サービスの経済的価値だけでなく、人びとと自然との「関係の価値(relational value)━━以下、「関係価値」と称する」にも重点を置くことが重要だと指摘している。

 これまで環境の価値は、自然が人びとに喜びや満足をもたらすとした「手段的価値(instrumental value)」と、人びととは関係なく自然そのものが有するとした「内在的価値(intrinsic value)」に大別されて考えられてきたが、これらのみでは自然への関心の根幹部分を見落とす恐れがあるとしている(注3)。

 前述の関係価値とは、たとえば水源によって緩和される汚染の影響など、人びとと自然の関わりから生まれる価値、美徳、原則といった関係性すべてを指すだけでなく、幸福感や良い生活と関係する価値、あるいは環境管理の活動などから生まれる責任や配慮の気持ちも含まれる(注3)。

 これらの関係価値や関係に根ざした良い生活の考え方は、各地の先住民などの世界観に広く見られるという(注3)。いわゆる“文化的サービス”は本来、相関的なものであって「手段的価値」での説明が難しい概念であるため、望ましい関係および現実の関係の状況から評価されるべきであるとしている。

 また、世界各地で実施されている多くのPES(生態系サービスへの支払い)プログラムが、外部者から地域住民への押し付けになっている場合が多く、土地所有者や地域住民の既存の土地との関係を基本として再構築すべきであるとも述べている(注3)。

 「贅沢(ぜいたく)や経済成長が成功である」という考えから離れることは、すべての経済的追求や物的快適を放棄することではなく、ウェルビーイングについて人びとと自然との調和した関係を含む非物質的な要素に重点を置いたより包括的な理解をすることが必要だとしている(注1)。

消費と廃棄の総量の削減

 「消費と廃棄の総量の削減」については、地域や国によって状況が異なる。多くの先進諸国では人口増が止まっているが、必要以上に消費されていることから、いかに少ない消費で満足できるようにするかということが課題である。

 一方、ほとんどの開発途上国では人口増が続いており、人口増の抑制と先進諸国の歩んだ持続不可能な道筋を繰り返さないようにすることが求められる。
消費を変えるために、次の4点が必要だという。

 ①物的消費ではなく、関係に根ざした良い暮らしのモデルをつくり提唱する。
 ②持続不可能な消費と人口増加を引き起こす不平等を撲滅する。
 ③女性の教育とインパワーメント(権利および持続可能な生殖)。
 ④人びとが自家用車、大きな家などがなくとも幸せに暮らせるようなインフラと都市計画を志向する。

価値観と行動の解放/拡大

 「価値観と行動の解放/拡大」としては、人びとが価値観を表明する場を持たないことが大きな問題であり、「関係価値」を自由に表明できるように政府や社会組織の多くのレベルで介入することが必要だとしている。このためには、管轄区域における法律の強化と既得権者の影響に対抗することが必要となる。

 多くの人びとは自然と調和した将来を望んでいるものの、こうした価値観を表明できる場がない。そのような「潜在的価値観」を解放するために、チャン教授は、持続可能な未来のための市民活動に向けたコミュニティー・プラットホームをウェブサイト上に設けている(注1)。

ガバナンス介入(レバー)と介入点(レバレッジ・ポイント)の相互関係 (出典:注2)

%ef%bc%97%e6%9c%88%e4%b8%96%e7%95%8c%e2%91%a2

 上の図は、ガバナンス介入(レバー)と介入点(レバレッジ・ポイント)がどのようにグローバルな持続可能な経済をつくりだすのかについての仮想的な因果連鎖を示したものである(注2)。なお、図の表記(1)~(8)がレバレッジ・ポイント、(A)~(E)がレバーを指す。そのうえで①~⑤についての説明は以下の通りである(注2)。

 ①新たな助成プログラム(A)による様々な資源利用や土地・水の保全。管理者が生態系を保全・復元し、サプライチェーンの中で意図しない負の環境影響を緩和することに対して支払うことで、環境責任についての潜在的な価値観を表明する(3)。これらの支払いが追加的な価値に根ざした行動を起こす引き金となる。
 ②消費者と組織的な行動、および新たな保全・復元活動が革新的な実施と適切な技術を生む(7)。環境影響の低減に対して支払うことを約束する消費者と組織的な行動は、消費の削減効果を生む(2)。
 ③そのような改革と消費の削減が、負の環境外部効果の手綱を握る(6)。多くの負の外部効果は脆弱(ぜいじゃく)な人びとに不均衡な影響を与えるため、このことが不平等の減少に資する(4)。
 ④人びとの潜在的な価値観を社会的に目立つ方法で行動化することで、そのような行動が普通になり、良い生活の考え方が派手な消費から離れるよう作用する。これによって消費が減少し(2)、社会生態的な問題、システム、解決策に関する教育を増進させる(8)。
 ⑤このような価値観が引き起こす行動は法律や政策の変化と遵守(じゅんしゅ)を促進し、以下の四つの効果を生む(E)。すなわち、価値観に根ざした行動を統合する(3)、管理とガバナンス・システムを統合的、先制的、順応型に変える(B~D)、自然と資源利用についての持続可能な利用に関する教育と知識の伝達を促す(8)、保全・復元活動に先住民と地域コミュニティーを幅広く適切に取り込み、一方で有害な生産活動や補助金・助成を撤廃する(1)。

「ネイチャーポジティブ」が社会変革のキーワード

 最後に、前回紹介したシンポジウムで議論された点をいくつか述べておきたい(注4)。

 グローバル、国家レベルで持続可能性を達成するためには、各地域が持続可能でなければならない。状況は各地で異なるものの、開発途上国においては農業の拡大による森林破壊の影響が一番大きいことが指摘された。このため、まずは自然への影響をプラスに変えるべく、生物多様性の減少傾向を食い止めて回復をめざすとした「ネイチャーポジティブ」に基づく農業に転換することの緊急性が強調された。

%ef%bc%97%e6%9c%88%e4%b8%96%e7%95%8c%e2%91%a3

インドネシアで伐採、開発されるマングローブ林の地域=バンダアチェ近郊、2008年撮影

 

 また、パネリストからは世界各地での取り組みについて紹介があった。

 JICA(国際協力機構)が支援しているモザンビークでは、農民たちに配布したカシューナッツの苗が確実に育っており、1本のカシューナッツの木を20年間育てることによって、車の3千キロ分の排出ガスをオフセットできるという。観光開発などで依然としてマングローブ林の破壊が止まらないフィジーでは、マングローブ林の保全と地域の持続可能な発展を実現できるように、地域のホテルや住民を巻き込んだPESの仕組みづくりの研究が進められている。

 このほか、個人レベルで「自分たちの価値観とライフスタイルを変化させるために何ができるか」について話し合われた。インドの指導者ガンジーの「世界にはすべての人びとが必要(need)とする十分な(資源が)ある。しかし、すべての人の強欲(greed)のためには十分でない」という言葉を思い出すべきことが述べられた。

 いずれにしても、SDGsの達成のためにはいくつものハードルを越えなければならない。地域の変革と一人一人の意識改革が不可欠であり、人間の活動がさまざまな生態系サービスの保全・増進につながること、すなわち、「ネイチャーポジティブNature Positive」の発想が変革のための重要なキーワードであることが改めて明らかになった。

 

【注・参考文献】
(1)CoSphere(https://wwwcosphere.net/leveraging-change)

(2)Kai M A.Chan,David R.Boyd,Eduardo S.Brondizio et al.2020.Levers and leverage points for pathways to sustainability. People and Nature.2020;2:pp.693-717

(3)Kai M.A.Chan,Patricia Balvanera,Nancy Turner et al.2016.Why protect nature? Rethinking values and the environment.PNAS.February9,2016.Vol.113.No.6

(4)Sophia University 2021 UN Week Autumn International Symposium:“Transformative Change”for Building a Sustainable Society and Forests”

 (上智大学客員教授 柴田晋吾)

PAGE TOP