SDGsの実現のために社会変革をどう起こすのか?(1)
社会変革なしにSDGsの実現は不可能
2019年の「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学━━政策プラットフォーム(IPBES)」によるグローバルアセスメントレポートは、従来の産業社会の行動を大きく変える「社会変革」を推進するために協力して努力しない限り、(10年に名古屋市で開かれた「生物多様性条約の第10回締約国会議」で採択された)「愛知目標」の生物多様性保全やSDGsの達成が不可能であることを報告している。
また、20年9月の愛知目標の最終評価文書:地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)は、生物多様性及び生態系サービスの減少傾向を逆転させるためのアクションのポートフォリオを示した。現在の大量生産、大量消費社会の社会経済活動は生態系と生物多様性を損なうとともに、人間の生存基盤を破壊しつつあり、変革を通じて自然と調和した持続可能な社会へ移行することが不可欠なのである。
GBO5は、移行が必要な分野として「土地と森林」「農業」「都市とインフラ」「淡水」「気候行動」「ワン・ヘルス(人と動物と環境の健全性は一体であるという考え方)」「食料システム」「漁業と海洋」の8分野を示しており、これらの多くが直接的間接的に森林と関係している。地球規模で見ると森林は地球上の31%の面積を占め、80%の両生類、75%の鳥類、68%の哺乳類など、陸上の生態系の生物多様性の大部分を擁しているとともに、60%の維管束植物は熱帯林に存在する(注1)。
21年10月、上智大学国際協力人材育成センター(SHRIC)の主催で上記のIPBESグローバルアセスメントレポート第5章の筆頭著者のカイ・チャン教授(ブリティッシュコロンビア大学)など第一線の科学者や専門家を招いて、「持続可能な社会を構築するための『社会変革』と森林」をテーマとした国際シンポジウムが開催された。シンポでは、森林・景観とその人びとへの不可欠な貢献(生態系サービス)を守っていくために、なぜ「社会変革」が必要なのか、そして何ができるのか、について議論された。
本稿では、本シンポジウムで議論された内容やカイ・チャン博士の主張を中心に紹介する(注2、3)。
“Transformative Change”とは
直訳すれば「抜本的な変革」となる“Transformative Change”。これは“Incremental change(漸進的変化)”とはどう違うのだろうか?
“Transformative Change”は、すべてのシステムを通じて現在の軌道を劇的に変えるような変革を指し、政府機関によるリサイクルリングや個人による公共交通機関の利用の努力などは漸進的変化に過ぎない(注3)。
残念なことに、19年にこのことが力説されたにもかかわらず、いまだにほとんどの国々は、補助金の改革、強力な環境法の制定・施行、成功と成果の測定方法の改革など、現代社会の経済的、社会的、制度的、技術的、行動的な構造を抜本的に変えるための変革を開始するに至っていないという。
今こそ新たな社会的価値を創造し、世界観を発展させるような行動、さらに、劇的な変化を解き放つような法制度への改革が“待ったなし”に必要だというのである(注3)。以下で具体的に見ていこう。
梃子の原理で社会変革を導く
生物多様性の損失をとめるには、損失の直接要因に対処するだけでは不可能であり、重要な介入点(レバレッジ・ポイント)に焦点を当てた統合的、順応的、包摂的なガバナンスの介入(レバー)により、様々な人間活動のもととなる間接要因やその根底にある価値観と行動の変化を引き起こす社会変革が必要だという(注4)。適切な介入によって、動かすことができないような重量物を梃子(てこ)の原理で動かすのである。
ガバナンスの介入としては「インセンティブと能力強化」「部門横断的な協力」「先制行動」「強靭性(レジリエンス)と不確実性を考慮した意思決定」「環境法とその実施」が、介入点としては「良い暮らしについての多様なビジョンの受容」「消費と廃棄の総量の削減」「価値観と行動の解放/拡大」「不平等の是正」「保全における正義と包摂の実践」「外部性とテレカップリングの内部化」「環境にやさしい技術、革新と投資の確保」「教育および知識の形成と共有の促進」が、それぞれ挙げられている(図参照)。
ガバナンスの介入(レバー)
チャン博士はレバーをインセンティブ、管理、環境法の三つに大別している。
まず、インセンティブとしては、社会的環境的状況の改善に結びつくように補助金を改革することがある。
資源利用や生産量増加を動機づける既存の補助金の多くは、例えば、農薬の使用が地下水への化学物質の浸透を招くなど環境への様々な“負の影響”を生んでいる。このため、まずは既存の補助金の悪影響を洗い出すことが第一歩となる。破壊的な収奪・生産を促すような誤った補助金を小規模で生態的な復元活動に転換することによって、労働者に好影響を与えるとともに、サーキュラーエコノミー(循環経済)への革新を促すことになる(注3)。
2点目の管理については、不確実性および社会生態システムの複雑性に対応した、先制的で包摂的、統合的、堅牢な「組織・プログラム・政策」への改革がある。
従来の組織・プログラム・政府機関などの管理システムの多くは、環境保護を差し置いて「資源収奪」と「経済成長」を重視する古い考えに立つ。既得権者はしばしば、不確実性イコール無知であるかのように、不確実性を行動を起こさないことの理由にする。
実際、森林や湿地の消失、舗装、ゲリラ豪雨をもたらす気候変動などによって、洪水がもたらされるなどの累積効果が考慮されることはほとんどない。多くの相互作用的な原因、不確実なフィードバック、単純な解決策がない気候や生物多様性危機のような複雑な問題に直面して、持続可能な道筋に向かうためには、革新的な管理システムが必要である。
その特徴は、確実な証拠がない場合でもアダプティブ(順応型)な行動をとる(決定における予防原則の採用)▽攪乱(かくらん)が起こった場合に現在と将来の人びとのニーズに効率的に応えることができるような強靭(きょうじん)性(レジリエンス)を育てる▽経済セクターや国・州・地域を越えて広く統合するという点にあるとしている(注3)。
さらに、環境法に関しては、環境法と政策を強化し、汚職を追放することが必要だとしている。近年、自主的なアプローチが好まれる傾向があるが、ほとんどの地域において持続可能なガバナンスを欠いており、環境法の方向を強化し、順守させるための十分な仕組みにするための改革が必要という。
多くの高所得国においてさえ、既得権者が政治家や官僚に影響を与えるような特別な機会があるため、法制定のプロセスを透明化し、既得権者の影響が及ばないようにすべきである。社会から疎外された人びとは、しばしば法律の不平等な保護によって大きな被害を受けることから、環境法や政策は自然を守るだけでなく、人々と自然の権利を固めるような改革がなされるべきなのである(注3)。
【注・参考文献】
(1)FAO The State of the World’s Forests2020
(2)Sophia University 2021 UN Week Autumn International Symposium : “Transformative Change” for Building a Sustainable Society and Forests.
(3)CoSphere(https://www.cosphere.net/Ieveraging-change)
(4)Kai M A. Chan, David R. Boyd, Eduardo s. Brondizio et. al. 2020. Levers and leverage points for pathways to sustainability. People and Nature. 2020;2: pp. 693-717
(上智大学客員教授 柴田晋吾)