英国の森林拡大・国民のアクセス促進策(2)
自然への投資を増やすための社会変革に向けて
2021年2月に公表された「生物多様性の経済学:ダスグプタ・レビュー」は、自然資本への財政投資は年間780億~1430億ドルで世界の名目GDPの約0.1%に過ぎず、自然資産の今以上の減少を防ぐためには、絶対額的にも比較額的にも不十分であることを指摘している。一方で、自然資産に害を与え、持続不可能な利用を促進させる頑迷な補助金がGDPの5~7%もあるとしている。自然資産を維持していくためには、これらの補助金をなくし自然資本への投資を増やすことが不可欠となっているのである(注1)。
英国のサウサンプトン地域における追加的な森林造成をするための資金拠出の支払い意志などについて、地域住民や企業の意向を調査した20年の研究は、都市近郊地域における生態系サービスへの支払い(PES)についての数少ない研究の一つである。それによれば、森林造成費用について企業30社にヒアリングしたところ、このうち30%は汚染企業が支払うべきである、67%が全ての企業が支払うべきである、とそれぞれ考えており、全体の97%が支払うべきだとしている。
また、その動機としては多い順に、社会的評価の向上、CSR戦略、従業員の健康向上、気候適応━━となっている。さらに、森林造成をする目的としては、多い順に大気の質の向上、洪水リスクの減少、景観の向上、従業員の健康向上、野生生物の生息地、騒音低減、二酸化炭素の減少、顧客の勧誘、夏季の暑さ対策━━となっている(注2)。
前回配信記事〈英国の森林拡大・国民のアクセス促進策(1)〉で述べたように、英国ではPESスキームへの期待が高い。21年7月には、環境・食料・農村地域省(DEFRA)と環境庁によって自然に対する民間投資を促すための1千万ポンドの自然環境投資準備基金が設立された。環境グループ、地域グループ、ビジネスなどの組織が、民間投資を促すような革新的な自然プロジェクトを進めるために10万ポンドまで助成するものであり、森林造成を促すことにより様々な生態系サービスを生む内容のプロジェクトが策定されている。
例えば、Warwickshire炭素環境マーケットプロジェクト(7万2千ポンド)は、Warwickshire郡委員協議会が現存する生物多様性純増マーケットを拡張して、カーボンクレジットによる植林や水源サービスを含めることを目的としている(注3)。
森林造成によるカーボンクレジットの取引など
英国では、英国樹林地カーボン規則(WCC)に基づく森林造成によるカーボンクレジットが自主的な炭素市場において取引されている。WCCは、国際的なボランタリーな炭素削減・オフセットの連合体であるICROAの認証を得ており、企業が排出量のオフセットやカーボンニュートラルの達成のために売買している(注4)。
21年9月現在で1176件、総面積は4万4696ヘクタール、プロジェクト期間中の炭素吸収量の合計15.4メガトン(二酸化炭素相当量)の森林造成プロジェクトが申請済みであり、そのうちの99件、3246ヘクタール、1.5メガトン(二酸化炭素相当量)が認証済みとなっている(注5)。
林地カーボンとして保証されたカーボンクレジットは、市場における売却がいつでも可能であるだけでなく、2055/2056年までの間、5年または10年ごとに英国政府に定められた価格で売却することができる(注6)。今後は、収穫された木材製品もWCCに含めることが検討されている。
民間団体による森林造成などの推進
民間団体による森林造成の支援・推進も盛んに行われている。
英国最大の樹林地慈善団体「ウッドランド・トラスト(Woodland Trust)」は、民間企業の樹林地カーボンマーケットへの参入の促進支援をしている(注7)。また、1月配信記事(美しいカントリーサイドを守る仕組み)で紹介した「ナショナル・トラスト(National Trust)」は、30年までに所有地において2千万本を植林するという独自の目標を達成するために、募金5ポンドで苗木1本、25ポンドで苗木5本、50ポンドで苗木10本、250ポンドで500平方メートルの樹林、2500ポンドで0.5ヘクタールの森林など、貢献額と結果を具体的に示して募金活動をしている(注8)。
さらに、国際的な環境保全団体である「ワールド・ランド・トラスト(World Land Trust)」は、世界各地の生態的に重要で危機に直面している地域の保全活動を重点的にしており、ウェブサイトにおいて5ポンドの募金を呼びかけている(注9)。
国有林も有料会員制度を開始
英国では多くの人が郊外に出かける習慣があることを以前述べたが、人びとの森への“アクセス”と“ふれあい”を促進する多様な仕組みが設けられている。
ほとんどの公有の森林は、徒歩や自転車で訪問する場合は無料である。しかし、駐車場は有料が多く、乗馬やアドベンチャーなど一部の特別な活動については許可券の購入が必要となっている。例えば、北アイルランドでは、年間駐車料金が50ポンド(60歳以上は半額)、年間ミニバス駐車料金が120ポンド(同)、年間のモーターバイクの許可が24ポンド(同)、結婚の写真撮影が80ポンド、乗馬一日券が9ポンド、乗馬年間券が90ポンドなどとなっている(注10)。
最近は有料化の事例が増えている。
例えば、Gloucestershireの「Westonbirt植物園」は駐車料金や子ども同伴での入園料を無料とし、各種イベントなどの割引もしており、年間40ポンドの会員制度を設けている。英国の国有林を管理する「林業イングランド(Forestry England)」も同様の有料サービスを開始しており、例えば「アリス・ホルト国有林」は年会費70ポンドを支払えば駐車料金が無料になる仕組みを設けている。
レクリエーションPESの台頭
レクリエーション利用や森林墓地などのサービスを提供する民間企業も出てきている。また、他の欧州諸国と同様に、森林浴など森林の人間の健康に与える効果に対する関心が高まってきている。
例えば、民間企業「Go Ape」は、英国25カ所で森林アドベンチャーを経営している。「Woodland Burial」は、「The Wildlife Trust」の指導を受けて管理経営している「記憶の森(Woodlands of Remembrance)」と称する森の中での埋葬を手がけ、「伝統的な埋葬方法と比較すると環境にやさしく低コストで永続的である」とそのウェブサイトでPRしている。
また、森林浴を推進する企業も出てきている。例えば、「Forest Bathe」は、公認ガイドつきの2時間の森林浴1人25ポンド、2人50ポンドのギフトカードをウェブサイトで販売している。
レクリエーション経営を推進するニューフォレスト国有林
イングランドでは、森林の84%が民有林であるが、南部のWinchester、Dorking、Brockenhurstの近くには旧王室林の「ニューフォレスト国有林」があり、林業イングランドが管理経営をしている。地質学的、歴史的な価値を有する区域も含み、年間100万人が訪れるレクリエーション利用の盛んな地域である。
レクリエーション利用が盛んな国有林では、駐車場収入が木材販売収入を超える年があるということを聞いたが、ニューフォレスト国有林では収入の45%が木材販売、20%がレクリエーション利用となっている。キノコ採取は17年までは1人1.5キロまで認められていたが、不法移民によるキノコの商業採取が目立つことから、18年からはキノコ採取は全面的に禁止となったという。
ロンドンから車で6時間程度の距離にある「Moors Valley森林センター」は、地元の協議会(10~12人のスタッフ)と林業イングランド(7人のスタッフ)のジョイント・ベンチャーとして運営されている。年間100万人の訪問者があり(うち2割は地元客)、駐車場収入が年間56万ポンド、アドベンチャー森林による収入が8万ポンドであり、レストランの収入などを含めて120万ポンドの年間収入を得ている。
前述の「Go Ape」などによるアドベンチャーの仕掛けが設置され、それらの利用料(Go Apeの場合は1回20ポンド)は、駐車料金とは別に支払うようになっており、収益の一定割合が国有林にも入る仕掛けである。このほか、アドベンチャーサイクリング、ナイトラン、パークランなどのチャリティーイベントが毎土曜日の午前中に開催されている。駐車料金は1日12ポンド(冬季は1日1.5ポンド)となっている。
Moors Valleyの森は、スコッチパインの壮齢の単層林が多いが、場所によってはカンバ類が侵入してきている。木材生産経営からレクリエーション経営への転換が進む今、常時被覆林業(CCF)によってこれらの広葉樹を育てていくことで、レクリエーション利用にとってより魅力のある混交林への転換が図られているのである。
【注・参考文献】
(1)Crown copyright.2021. The Economics of Biodiversity:The Dasgupta Review.
(2)DEFRA/EA.2021. Natural Environment Investment Readiness Fund.
https://www.gov.uk/government/news/innovative nature projects awarded funding to drive private investment
(3)Davies Helen.2020. Money doesn’t grow on trees: How to increase funding for the delivery of urban forest ecosystem services? University of Southampton. Doctoral Thesis.
(4)UK.Woodland Carbon Code
ウェブサイトhttps://woodlandcarboncode.org.uk/
(5)Gregory Valatin. Presentation資料.International Symposium:Exploring the Importance of Cultural Forest Ecosystem Services(FES) in an International Perspective Towards New Forest related Business Opportunities? Nov.2021.
(6)Forestry Commission.2019. Woodland Carbon Guarantee.
https://www.gov.uk/guidance/woodland carbon guarantee
(7)Woodland Trust
ウェブサイトhttps://www.woodlandtrust.org.uk/partnerships/woodland carbon businesses/
(8)World Land Trust
ウェブサイトhttps://www.worldlandtrust.org/appeals/plant a tree/
(9)National Trust
ウェブサイトhttps://www.nationaltrust.org.uk/features/plant a tree
(10)https://www.nidirect.gov.uk/articles/permits vehicles and activities forests
(上智大学客員教授 柴田晋吾)