主催事業
世界の森からSDGsへ

英国の森林拡大・国民のアクセス促進策(1)

カーボンネットゼロの実現のための森林の拡大計画

 2050年のカーボンネットゼロを公約している英国では、20年1月に出された英国気候変動委員会の「ネットゼロのための土地利用報告書」が、毎年3万ヘクタール(9千万~1億2千万本)以上の植林をし、50年までに森林による年間炭素吸収量14メガトン(二酸化炭素相当量)に加えて、収穫された木材によって追加的に14メガトン(同)を確保すること、このために現在の森林被覆率13.3%を50年までに17%までに引き上げることを、それぞれ勧告した(注1)。ちなみに、13.3%の森林被覆率は他の先進諸国などと比較するとかなり低いが、1905年当時の英国の森林被覆率は4.7%であり、この約150年間に2.8倍に増加している(注2)

 これを受けてイングランドでは、2021年5月に気候変動と生物多様性の喪失という危機に対応するために、「樹木行動計画(Trees Action Plan)2021-2024」が公表され、樹木の植栽量を大幅に増やすとともに、現存する樹林地の保護と改善を図り、カーボンネットゼロと自然回復ネットワークの形成に寄与することとされた。年間3万ヘクタールの植林という野心的な計画を実現するため、20~25年に気候自然基金(Nature for Climate Fund)の6億4千万ポンドのうちの5億ポンドを樹木と樹林地のために使用することとしている。さらに、植林は単に炭素吸収の効果だけではなく、生物多様性保全など自然の多様な価値を人々にもたらすことを期待しているため、植栽するものの大半は郷土樹種の広葉樹としている(注3)

パブリックアクセスが前提の都市緑化や樹林地外の樹木の増加を推進

 また、都市近郊の緑化を図るため、21年4月に気候自然基金のなかに都市近郊樹木チャレンジ基金が設けられ、23年までの2年間に4万4千本が植林されることとなった(注4)。地域にとって最も環境的社会的便益が高く、費用当たりの効果が高いプロジェクトがコンペ方式で選ばれる。本基金の特徴はパブリックアクセスが前提となっていることであり、学校の校庭の植林など特段の強い理由がない限り、一般の人々が訪れて植えられた木々を見ることができるなど、応募時にパブリックアクセスの詳細を明らかにすることを求めている(注4)

 さらに、河川の堤防、ヘッジロー、公園、都市区域、道路やフットパス周辺、空き地など樹林地以外の場所の樹木を増やすため、気候自然基金のなかに地方部局樹木景観基金が設けられ、21年度には270万ポンドが予算化された。地方部局がコミュニティーグループ、ボランティア、NGOなどと連携する5万~30万ポンド規模のプロジェクトが50件ほど選定される予定で、炭素吸収や洪水予防、生物多様性保全、断片化された生息地の接続などの効果が期待されている(注5)

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ケンブリッジ大学植物園内にある推定樹齢150年のハイブリッド・オーク=ケンブリッジ・イングランド、2019年12月撮影

 

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同園内にある解説板=ケンブリッジ・イングランド、2019年12月撮影

 

森林造成のためのPESスキーム

 上記の計画などに基づいて、期待される具体的な公的便益(生態系サービス)を明示して、それらを生む森林造成を加速化させるためのインセンティブとしてのPES(生態系サービスへの支払い)スキームが、英国では急速に増えている。公的なスキームが現在は大きなドライバーとなっているが、これは将来大規模な民間資金を呼び込むことへの大きな期待が背景にある(注2)

 21年5月に公表された林業委員会の「イングランド樹林地造成オファー(EWCO)」は、新規森林造成にかかる標準費用、10年間の毎年の若齢造林地維持費用、樹林地の管理のためのインフラ整備またはレクリエーションのためのアクセスを図る費用、他の任意の追加的な公的便益の4種類に対して支払っている。他の任意の追加的な公的便益としては、以下のものがある(以下、かっこ内は支払額)。

 自然や種の回復(1ヘクタール当たり2800ポンド以下)、洪水リスクの低減(1ヘクタール当たり500ポンド)、水質改善(1ヘクタール当たり400ポンド)、水辺の生息地を改善するバッファー(1ヘクタール当たり1600ポンド)、集落付近での森林造成(1ヘクタール当たり500ポンド以下)、国民のレクリエーション利用のためのアクセス提供(1ヘクタール当たり2200ポンド以下)。なお、複数の便益を生む場合は、複数の助成を同時に申請することができる(注6)

 また、21年7月にウェールズ国有林が公表した「樹林地投資助成金(TWIG)」は、将来の国有林への編入可能性も視野に入れつつ、既存の樹林地をきちんと管理して人びとがアクセスでき、地域住民が参画できるように改善するための100%の資金を提供する。具体的には、フットパスの整備や生物多様性保全のための生息地の造成など、訪問者を歓迎し、アクセスしやすい魅力ある状態をつくるための1万~25万ポンドのプロジェクトを支援している(注7)

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水辺で釣りをする人=ケンブリッジ・イングランド、2020年1月撮影

 

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フットパスでもよく見かけるヨーロッパコマドリ=ケンブリッジ・イングランド、2020年1月撮影

 

持続可能な農業に対するPESスキーム

 農業に対するPESスキームも同様である。21年3月には、18年に策定された「環境25年計画」と「2050年カーボンネットゼロの公約」の実現に向けて地域経済を支援するために、持続可能な農業、地域の自然回復、景観の回復を図るための環境土地管理スキームが設けられた。本スキームでは、契約した農家や土地管理者による、水質・水量の改善、清浄な空気、動植物の生息、環境危害防止、気候変動の緩和・適応、環境の美・伝統などを提供する活動に対して支払われる(注8)

 また、21年6月には、持続可能な農業のためのインセンティブのパイロット事業として、農地樹林地基準が定められ、平均幅20メートル以上、0.5ヘクタール以上の林齢15年生以上の樹林地(15年生未満の場合には樹林地を維持するための任意の活動を行うことで対象となる場合がある)であるという基準に該当する場合、年間ヘクタール当たり49ポンドが支払われることになった。そして、樹林地の拡張する場合の資金や追加的な活動に対しても支払われる。これによって、野生生物の生息地を提供し、炭素の蓄積を増加させるとともに、ヘクタール当たり20立方メートルの枯死木(立ち木および倒木)を残置させることが目標とされている(注9)

 さらに、21年7月には、同パイロット事業として入門、中級、発展の3レベルのヘッジロー基準が定められ、基準に該当する場合に100メートル当たりそれぞれ16ポンド、21ポンド、24ポンドが支払われることとなった。

 入門レベルでは、二つの要件がある。一つは、一年間に伐採するヘッジローは全体の半分とするよう伐採のローテーションを組むことである。これは、鳥や昆虫のために花粉・花蜜の量やベリー類を増やすためである。もう一つは、ヘッジローの400メートルごとに樹木を維持することである。中級レベルになるとヘッジローで維持すべき樹木は200メートルごととなり、さらに上級レベルになると100メートルごとになる。これは、均等に分布させる必要はないが、既存の樹木を維持し、必要に応じて植栽も行うこととなっている(注10)

 

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ヘッジローには木の実も多い=アベリストウィス・ウェールズ、2019年11月撮影

 

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ヘッジローに維持されるナラの大木=アベリストウィス・ウェールズ、2019年11月撮影

 

 また、22年からは、農民が協働で地域の環境向上を図ることを支援するため、地域の自然回復と地域の環境のプライオリティー(優先度)の高い活動に支払いを行う「地域自然回復スキーム」のパイロット事業が始まる。同様に、長期的な活動による大規模な植林やピートランドの修復などによって地域の景観や生態系の回復を行う「景観回復スキーム」も22年から10のパイロット事業が開始される。二つのスキームはいずれも24年から本格開始する(注11)

 なお、環境土地管理スキームについての支払いは、「収入減少+費用」を支払う従来の手法では農民などにとって良いインセンティブとはならないということが明らかになりつつあり、それに代わる結果支払い、ポイント方式の支払い、自然資本を基礎とした支払いなどが試行されている(注12)

 

【注・参考文献】

(1)Committee on Climate Change. 2020. Land use : Policies for a Net Zero UK. https://www.theccc.org.uk/publication/land-use-policies-for-a-net-zero-uk/

(2)Gregory Valatin. Presentation資料. European-Japanese Online Symposium : Exploring the Importance of Cultural Forest Ecosystem Services (FES) in an International Perspective–Towards New Forest-related Business Opportunities? Nov. 2021.

(3)DEFRA. The England Trees Action Plan 2021-2024. https://www.gov.uk/government/publications/england-trees-action-plan-2021-to-2024

(4)Forestry Commission. 2019. Urban Tree Challenge Fund. https://www.gov.uk/guidance/urban-tree-challenge-fund

(5)Forestry Commission. 2021. Local Authority Treescapes Fund. https://www.gov.uk/guidance/local-authority-treescapes-fund

(6)Forestry Commission. 2021. England Woodland Creation Offer. https://www.gov.uk/guidance/england-woodland-creation-offer

(7)National Forest Wales. for 2021. The Woodland Investment Grant : rules booklet. https://gov.wales/national-forest-wales-woodland-investment-grant-rules-booklet
(8)DEFRA/RPA. 2021. Environmental Land Management schemes: overview.
https://www.gov.uk/government/publications/environmental-land-management-schemes-overview/environmental-land-management-scheme-overview

(9)DEFRA/RPA/Forestry Commission. 2021.Farm woodland standard of the Sustainable Farming Incentive pilot.
https://www.gov.uk/guidance/farm-woodland-standard

(10)DEFRA/RPA. 2021. Hedgerows standard of the Sustainable Farming Incentive pilot.
https://www.gov.uk/guidance/hedgerows-standard

(11)DEFRA/RPA. 2021. Environmental Land Management Schemes: overview. https://www.gov.uk/government/publications/environmental-land-management-schemes-overview/environmental-land-management-scheme-overview

(12)DEFRA. 2021. Tests and Trials Evidence Report.
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/999402/elm-tt-june21.pdf

 

 (上智大学客員教授 柴田晋吾)

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