主催事業
世界の森からSDGsへ

スイスにおける新しいグリーンな森の仕事

グリーン・フォレスト・ジョブとは

 ILO(国際労働機関)が2008年にグリーンな仕事(グリーン・ジョブ)を定義している。それによれば、グリーン・ジョブとは、環境影響を持続可能なレベルにまで低減させる仕事のことであり、エネルギーや原材料の消費の減少、経済の脱炭素化、生態系や生物多様性の保全・修復、廃棄物や汚染の最小限化に貢献する仕事が含まれる。一方、FAO(国連食糧農業機関)・UNECE(国連欧州経済委員会)が18年にグリーンな森の仕事(グリーン・フォレスト・ジョブ)を定義している(注1)。それによれば、グリーン・フォレスト・ジョブとは、持続可能な森林管理の原則に基づく、グリーン経済に貢献する森林産物の製造、および森林サービスの実行・成果に係るものである。

 テーマとしては①木材とエネルギー生産②教育と研究③健康とレクリエーション④生物多様性と生態系の機能⑤森林管理、調査、計画⑥社会・都市開発⑦アグロフォレストリーと山岳林業――の7領域が示されている(図参照)。また、19種類の活動分野が示されており、新たに出現した仕事の例としては、森林インタープリター、森林エコ・セラピーガイド(③の事例)、森林文化インタープリター、森林墓地管理、アドベンチャーパーク・フォレスター(⑥の事例)などがリストアップされている。

%e5%9b%b3%e2%91%a0

図:グリーン・フォレスト・ジョブ(GFJ)と7領域

 

ほとんどの人が森から徒歩圏に住む

 今回は、スイスにおいて展開されている新しいグリーン・フォレスト・ジョブについて紹介することにしたい。欧州アルプスに位置するスイスは、人口約870万人の小国であるものの四つの言語が話され、国土の3分の1を占める森林の3割が私有林である。全森林の49%が、自然災害などから守るための保全林とされ、残りは都市近郊林として人びとに利用されている。驚くべきことに、スイスではほとんどの人が森から徒歩20分以内に住み、全人口の8割が余暇やレクリエーション目的で森を訪れるという(注2)。日本は森林率が7割近くとずっと高率だが、急傾斜で藪(やぶ)のようになっていて簡単にアクセスができない森が多いために、同様なデータを算出すればずっと低いものになるであろう。

 さらにもう一点、大きな違いがある。スイスでは、北欧諸国やドイツと同様に、誰でもいつでも全ての森林に自由にアクセスする権利が民法で定められている。森を訪れることは多くの人にとって、日々の健康維持のために不可欠なものとなっているのである。また、林業活動の採算性が低下する一方、人間活動による森林への影響が増していると同時に、人びとにとって森林の重要性が増している。このような状況下において、グリーン・フォレスト・ジョブの動きは森林の産品・サービスの範囲を広げ、新たな事業を含む包括的な森林ビジネスをつくりだそうとするものである。

五つの新たなグリーン・フォレスト・ジョブ

 スイスで新たに出現してきているグリーン・フォレスト・ジョブの代表的なものとして「森のようちえん」や、セラピーなどの「森と健康のサービス」「アドベンチャーパーク」、「森林墓地」「ベンチング」がある。これらの仕事に携わる人は総計3000~4000人となり、森林内で伐採などに携わる労働者の雇用総数6100人の半分から3分の2までを占めるに至っているという(注2)。人口が増加しているスイスでは、今後もさらに多くの人が森の近くに住むようになって森林サービスに対する要請も増え、より多くの事業がサービス的なものになっていくと見込まれている。

 典型的な森のようちえんでは、子どもたちは年間を通じて週5日間、丸一日を森の中で過ごす。このほか、森林スクールや、屋外における森林教育やESD(持続可能な開発のための教育)のための様々な機関が存在している。拠点数は公式な統計ではないものの、森のようちえんが600~800、森林スクールが200~400。その他の機関を含めると総計3000~5000にのぼり、今後もこれらの数は増えていくことが見込まれている(注2)

 

%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%91

森林ツアーに参加する人びと。森のソファで休息をとる=Andreas Bernasconi提供

 

 スイスではここ数年、森林と健康がブームとなっていて様々な取り組みがある。こちらも公式な統計はないが、主に瞑想(めいそう)訓練や感覚運動などができる森林浴が100~180件、森林内での治療が50~70件、森林内でのフィットネスなどが200~250件。これらを合わせると約350~500件あると推定され、今後も増加することが見込まれている(注2)

 ちなみに、水療法などを用いる総合的な自然療法である「クナイプ療法」については、すでに義務的保険とは別の追加的保険によってカバーされる仕組みができている(注3)

 

%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%92

森林産品のキャンペーンで森林浴の本とアロマオイルを展示する薬局=Andreas Bernasconi提供

 

 また、いわゆるアドベンチャーパークは、2000年に誕生してから増え続け、パークを整備する専門家も登場している。現在は約50カ所まで広がり、今後は大きく増えることはないとみられる(注2)

 

%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%93

フォレスト・ロープワークの台の修繕を行う林業労働者。アドベンチャーパークを管理する専門のフォレスターも生まれつつあるという=Andreas Bernasconi提供

 

 一方、スイスでは一部を除いてほとんどのカントン(行政区画)で森林に骨つぼを埋葬する形の森林墓地が認められており、21世紀のはじめごろから造成されるようになった。二つの大きな森林墓地企業があり、企業は森林所有者から土地の貸し付けを受けて事業をしている。

 もっとも、森林所有者自らが森林墓地事業を手がける例もある。公式な統計はないが、スイスにある森林墓地150カ所ほどのうち、30カ所がこのケースだと推定され、今後も増えると見込まれている(注2)。森林墓地は0.5~3ヘクタール規模が多く、単木型から共同型、家族型などのように様式も様々で契約期間は30年間とされる。埋葬木の値段も500ユーロから数千ユーロまで幅がある。

 

%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%94

地域のフォレスターと顧客が森林墓地の状況をチェックする=Andreas Bernasconi提供

 

 森へ自由にアクセスできるスイスでは、さまざまなスポンサーによって各地にトレールとベンチが整備されている。だが多くの場合、ベンチの維持費までは支出されないケースがほとんどである。そこで、オンライン上で森林所有者とパートナーシップを構築して、森のなかのベンチの設置・維持管理費用を提供する「ベンチング」という仕組みが生まれている。

 

%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%95

ベンチングの仕組みで整備されているベンチ=Andreas Bernasconi提供

 

【注・参考文献】

 (1)FAO/UNECE. 2018. Green Jobs in the Forest Sector.

 (2)Andreas Bernasconi. Nov.2021. Presentation資料.International Symposium:Exploring the Importance of Cultural Forest Ecosystem Services(FES)in an International Perspective-Towards New Forest-related Business Opportunities?

 (3)Zoë D.Lorek, INFTA. 2021. Personal communication.

 

 (上智大学教授 柴田晋吾)

PAGE TOP