環境を守るために地域企業が動く
コッツウォルズ保全委員会(CCB)による訪問者贈与スキーム(VGS)
英国では、観光客から寄付金を募って自然環境を守る仕組みである「訪問者贈与スキーム(Visitor Giving Scheme、略称VGS)」が各地で行われていることを前回述べた。本スキームの特徴は①ボランタリーであること、及び②地域の企業が集金をすることである。近年、ホテルの宿泊時に観光税などが課されるケースが増えてきているが、このような強制的な支払いや慈善団体が自ら集金するケースはVGSとは異なる。今回は、VGSに取り組んできている英国における中央政府の執行機関の一つであるコッツウォルズ保全委員会(Cotswolds Conservation Board、略称CCB)の取り組み状況を見ることにしたい。
IUCN(国際自然保護連合)の分類の「カテゴリーⅤ:保全された景観」に該当する「特別自然美観地域(Area of Outstanding Natural Beauty、略称AONB)」は英国で46カ所あり、コッツウォルズ地域はその一つである。十数人の職員と年間予算約1.5億円のCCBが管轄している。2013年に、新しい事業を始めるための資金「シードマネー」によって三つの小さなプロジェクトが開始され、現在では23のVGSプロジェクトを実施している。これらはCCBのサイモン・スミス氏らが、公的予算が削減される状況のなかで、湖水地方でVGSによって先駆的な成果を上げているレイク・ディストリクト・ファンデーション(Lake District Foundation、略称LDF)の取り組みを参考にして、寄付金によって環境プロジェクトを実施する仕組みを構築したものである。
CCBの支援のもとで企業が顧客から資金を集める
VGSはかつて「訪問者払い戻しスキーム(Visitor Payback Scheme)」と呼ばれていた。これは、観光客などが素晴らしい自然環境を楽しんだことに感謝してお返しをするという意味であった。しかしながら、払い戻しという響きが〝ネガティブ〟だとして、近年は「giving(贈与)」に言い換えられるようになった。観光客が景観や生物多様性を守っていくための様々な活動にお金を支払うことから、生態系サービスへの支払い(PES)の一種とも考えられている。ホテル、卸売業者、旅行業者など地域の様々なビジネスが、それぞれの顧客から寄付金を集める活動をしている。
なぜ企業なのか? それは、企業側としてはまず、国民との良い関係をつくるためにCSR活動を行うインセンティブ(動機付け)があるからである。地域の環境を守ることが観光セクターなどにとっても長期的な利益になる。企業のスキームへの参加は無料であり、関心のあるプロジェクトを自ら選んでプロジェクトへの貢献を対外的にPRすることができる。
CCBは、プロジェクトの計画からスキーム全体の仕組みづくり、地元のビジネスや地域コミュニティーなどのステークホルダー(利害関係者)の参画を促すなどして一切の支援をしている。地域企業を勧誘する際には、スキームの内容やPR媒体などで取り組みがどれほど認知されているかという状況を伝えるとともに、リーフレットやウェブサイトを通じて参加のメリットを説いている。
また、CCBはスキームのロゴ、顧客にスキームを説明する文章、プロジェクトの内容が分かるウェブサイト、写真などを整備して企業に提供している。なお、CCBが企業の集金活動を支援する際には、それぞれの企業の独自のビジネスモデルを尊重し、柔軟性を旨としてVGSと統合することが目指されている。
実施状況と課題など
集められた資金は特定のプロジェクトの実施に限って使用される。AONBはSDF(Sustainable Development Fund)などから多くの助成金を得ているが、それらとVGSはいくつかの違いがある。まず、VGSは支援するプロジェクトの分野が「景観」「野生生物」「アクセス」「歴史的伝統物」「国民の理解促進」など非常に広いことである。また、VGSによって実施されるプロジェクトサイトは、誰でも自由に訪問することができる。さらに、明確な基準のもとで企業も助成金の決定に参加できるようにしており、このことがスキームについての企業のオーナーシップを高めている。
一方、CCBが進めている参加企業との関係維持、新規参加企業の勧誘、寄付金集めの支援、助成金の配布などはいずれも時間と費用がかかる。このため、募金額の20%までをこれらの運営費用に充当することとされている。
2018~19年に「コッツウォルズを大事にしよう(Caring for Cotswolds)」というキャッチコピーのもと、河川や自然保護地域の保全、メンフクロウの生息地の保全、トレイルの改善など12のVGSプロジェクトが実施された(注1)。この結果、寄付2万2000ポンドのうち4000ポンドがCCBの運営経費に使用された。参加企業はパブ(飲食店)、休暇用のコテージ、B&Bなどである。休暇用コテージのオンライン予約を手がけるある企業は、予約時に寄付ができる仕組みを用いて大きな成果をあげた。また、商品の販売価格に50ペンスを上乗せして販売し社内コンペを実施して成果をあげているジンの販売会社もある(注1)。小さな地域企業は一般的に支援などの手間がかかる上に集金効果も低いため、集金能力の高い大企業を含めるように配慮されている。また、LDFの取り組みでは最低寄付額を1ポンドとしているが、より効率を高めるために2ポンドとすることを推奨している。さらに、寄付金集めの方法としては、募金箱は非常に手間がかかり効率が悪いため、極力使用は控えられている(注1)。
開始後6年間のVGSの実績は5万ポンドほどである。スミス氏によればこの仕組みが機能することは分かったが、まだまだ成功とまでは言えない段階であり、今後VGSの資金獲得の担当者を新たに雇用するなど体制を強化して実施することとされている。
注1)Simon Smith.2020.Personal Communication.
(上智大学教授 柴田晋吾)