主催事業
世界の森からSDGsへ

美しいカントリーサイドを守る仕組み

近場の散策に欠かせないフットパス

 再び英国に話題を戻す。イングランドでは都市に住む人々の3人に1人は、カントリーサイドの暮らしに憧れており、75%の人々がたとえ仕事が少し減るとしてもこれらの地域を開発から守るべきだと考えているという(※1、以下に出てくるデータは同様)

 2014~15年の2年間のデータで見ると、14億人が地方を訪れ、これら全ての訪問者のうちの71%は散歩が目的であり、これらの訪問のうちの50%は自宅から5マイル(約8キロ)以内であるという。散歩の内訳は、43%が犬との散歩、28%は犬なしの散歩であり、イタリアのようにバールやスーパーマーケットなどにも犬を連れている光景が普通ということはないが、他の欧州諸国と同様にドッグ・フレンドリーであり、犬との散歩が犬なしの散歩よりも多いのは興味深い。

 英国全体の土地の65%が農業用地(作物、牧畜、草地の合計)であり、郊外には長い歴史のなかで人為的に形成されてきた文化的な景観である農的なオープンスペースが広がっている。ちなみに、森林率は13%(針葉樹7%、広葉樹林6%)と都市用地の12%と同程度しかない。しかしながら、かつて各地を覆っていた森を彷彿(ほうふつ)させるようなナラなどの老木も、各地に比較的多く残存している。このような郊外部の散策に欠かせないのが、各地に整備されているフットパスである。

 ケンブリッジ界隈(かいわい)においても、中心部を少し離れただけで誰もが自由に利用できるフットパスが整備されたオープンスペースにアクセスすることができ、散策する人、犬を連れた人、ジョギングをする人などでいつもにぎわっている。

 

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ケンブリッジ郊外のフットパスを散策する人たち=2019年12月撮影

 

総人口の1割近く占めるナショナル・トラスト会員

 また、各地にナショナル・トラストに指定された本格的な森や湿地なども点在している。ヘリテージに指定されると、所有者が一般の人々の立ち入りを認めることを前提として免税措置が受けられることになっている。ケンブリッジの街中に駐車されている車のフロントガラスには、ナショナル・トラストのシールを貼った乗用車が目に付く。

 ナショナル・トラストの会員になると、各地のナショナル・トラストの駐車場が無料になることもあり、総人口の1割近くの420万人が会員となっている。また、ナショナル・トラストが所有する土地は23万9000ヘクタールにのぼり、林業委員会や防衛省、クラウンエステートに次いで、4番目に大きい規模の土地所有者となっている(2019年現在)。

 

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ナショナル・トラストの一つである湿地、ウィッケンフェン。通常入場料は7.7ポンド。このほかに駐車料金がかかるが、ナショナル・トラストの会員はいずれも無料となる=2019年12月撮影

 

「あがりこ」の巨木が立ち並ぶ景観

 ケンブリッジから南方に70キロほど行ったところに、ナショナル・トラストの一つのハットフィールド・フォレストがある。この場所には、幹が途中で枝分かれしている独特の樹形をしたナラなどの大木が点在しており、休日には犬連れの人など多くの訪問者でにぎわう。

 

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ポラーディングされた巨木が立ち並ぶハットフィールド・フォレスト=2019年12月撮影

 

 伐採した箇所から出た新芽が成長して、このような形態になった。なお、日本でも「あがりこ」と称される、多雪地域の東北地方のブナ林での積雪期の伐採によって、同様な形態のブナが形成されている。「ポラーディング」は「あがりこ」と同じ原理であるが、雪があるために結果的に高い位置での伐採となった「あがりこ」とは異なり、意図的な高い位置での伐採なのである。ケンブリッジ界隈でも、注意して見るとポラーディングされた木々が結構多く目に付く。

 また、ハットフィールド・フォレストの近くに、ロンドン市が管理をしているエッピング・フォレストがある。エッピング・フォレストは、区域面積2503ヘクタールの14世紀からの記録が存在するかつての王室林、狩猟林である。古いもので樹齢1000年にも及ぶポラーディングされた広葉樹の老木が林立する区域で、現在では保護地域とされてトレイルが整備されている。

 

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エッピング・フォレスト(Epping Forest)で最も古い木とされるポラーディングされたブナ=2020年1月撮影

 

地域企業が支える「訪問者贈与スキーム(VGS)」

 寄付行為が社会的に定着している英国では、現在のようなクラウドファンディングが盛んになる以前から、国立公園などを訪れる観光客から寄付金を募って特定の自然環境資源を守ってきた。

 草分けはNPOのレイク・ディストリクト・ファンデーション(Lake District Foundation、略称LDF)であり、19年時点でレクリエーション利用者やツーリストからの過去18年間の募金合計は、200万ポンド(約3億円)を超える実績を持つ。LDFは、年間250万人が訪れる湖水地方において、旅館、卸売業者、ツーリストなど地域の様々なビジネスの参加を得て実施する「訪問者贈与スキーム(Visitor Giving Scheme、略称VGS)」の取り組みを進めてきている。集められた資金によってフットパスの補修、猛禽(もうきん)類のミサゴの生息地の修復、水質改善などの様々な自然環境保全プロジェクトを実施している(※2)

 

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LDFのVGSスキームの仕組み

 

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LDFの募金箱。募金の金額ごとに何に使われるかを明示している=LDF提供

 

 (上智大学教授 柴田晋吾)

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