木育でつながる地域

インクルージョンと木育 奈良おもちゃ美術館がめざすもの

写真1 2025年3月にグランドオープンした奈良おもちゃ美術館

 2025年1月、アメリカ合衆国第47代大統領としてトランプ氏が就任して以降、世界中で様々な物議をかもしていますが、いわゆる「DEIの後退」もその一つでしょう。Diversity(多様性)・Equity(公平性)・Inclusion(包摂性)という、アメリカ公民権運動の中で培われてきた文化を、後退させようとしているのです。グーグルやメタ、マクドナルドからザ・ウォルト・ディズニー・カンパニーまで、様々な大企業も、その方向性に追随しています。その「功罪」について、ここで論じることはしませんが、このうちのInclusion(包摂性)をまさに一つの目標として設立されたおもちゃ美術館があります。全国13館目として2025年3月20日にグランドオープンした「奈良おもちゃ美術館」です。2回にわたり、インクルーシブミュージアムとしてのおもちゃ美術館の取り組みを紹介します。

 

 奈良おもちゃ美術館は、奈良県三郷町にあります。町内にかつては大学のキャンパスがありましたが、少子化の波を受けて、学生が集まらず、その学校法人は三郷町から撤退することを決めました。町にとっては、大きな痛手です。そこで町はそのキャンパスの新たな活用方法を考え、「FSS35キャンパス」と名付けて、民間団体と連携して、住民の暮らし向上、福祉の推進、地域交流の促進をめざすことにしました。「FSS」とは、「未来技術」(Future Technology)、「SDGs」、「共生社会」(Symbiotic Society)の頭文字。「35」はもちろん「三郷」を指し、誰もが生き生きと暮らせる「生涯活躍のまち」をめざしたのです。

写真2 大学の図書館だった建物を全面リニューアルした

 そんなときに立ち上がったのが、社会福祉法人檸檬会でした。この法人は、町内で保育園を運営するほか、障害者の就労支援の事業も行っていました。そしてこのキャンパスの一部を利用して、「多様な個性が輝くボーダーレスコミュニティ」としての「ソーシャルインクルージョンヴィレッジ」を作ろうと考えたのです。そしてその中核施設に「おもちゃ美術館」を設置することを、我が法人に提案してきたのです。

 「おもちゃ美術館」と「インクルージョン」は、どう関係するのか?おそらく誰もが抱く疑問です。もちろんこれまでにも、おもちゃ美術館を設置するにあたって、障害の有無や年齢、性別、国籍の違いなどを超えて、どんな方でも楽しめる美術館になるよう、できる限り、物的環境、人的環境の整備を行ってきました。さらに東京おもちゃ美術館などいくつかの館では、「スマイルデー」という名称で、イベントを開催してきました。これは閉館日に「難病児や障害児向けの貸切デー」を設け、多くのボランティアや医療関係者とともに、普段おもちゃ美術館を楽しむことができない重い病気や障害のあるお子さんたちに、徹底的に遊んでもらうという試みです。

 ただ、今回のコンセプトは違っていました。「おもちゃ美術館で働くスタッフとして障害者を雇用したい」というものでした。お客様として迎えるのではなく、障害者が輝ける職場として、迎える側に障害者がいる。そんなインクルーシブミュージアムとしてのおもちゃ美術館の可能性を探りたいというのです。

 これは、これまでにないコンセプトでした。かなりハードルが高い課題ではありましたが、私たちも大いに研究し、運営を担う檸檬会、そして設置を行う三郷町とも綿密に連携を取りながら、どうしたらこの、今の時代にとても大切な価値である「インクルージョン」を、おもちゃ美術館という舞台で実現できるのか、考えました。

 もちろん奈良おもちゃ美術館そのものは、これまでの他館のコンセプトと同じく、地域材(今回は主に同じ県内の吉野材)をふんだんに活用し、地域の文化や歴史、特産物、名所旧跡などを表現した遊びのコンテンツを豊富に揃えました。

 「奈良おもちゃ美術館」は、旧大学図書館の2階部分がメインフロアになっています。そして大きく二つのゾーンから成り立っています。「里山ゾーン」と「まちゾーン」です。
「里山ゾーン」には、地元信貴山をイメージした山や、木のタマゴ2万個を敷き詰めた大和川をイメージしたボールプールがあります。また大和丸なすや大和いもなど、奈良の特産野菜や果物の収穫遊びが体験できる「ごっこファーム」も用意。雑木林を模した一画では、昆虫採集もできるしかけになっています。

写真3 吉野材を活用した信貴山と大和川のオブジェ

写真4 奈良の特産野菜の収穫遊びも大人気

写真5 昆虫採集もできます

 一方「まちゾーン」は、「おもちゃの平城京」と名付けられ、門をくぐると五重塔があり、そこでドミノ倒しが楽しめます。また朱雀大路を中心に、その両側には様々なブースが展開されています。例えば、お好み焼きやたこ焼きなどを作るごっこ遊びが体験できる「鉄板焼き屋台のコーナー」は、関西ならではのコンテンツ。また奈良といえばシカ。このシカの人形とドールハウスのコーナーも大人気です。

写真6 おもちゃの平城京

写真7 五重塔とドミノ倒し

写真8 シカの人形とドールハウスも木製

 このように吉野材をふんだんに活用し、関西初の木育拠点施設として設立された奈良おもちゃ美術館。真の意味でのインクルーシブミュージアムとしての奈良おもちゃ美術館の幕は切って落とされたのです。

 (認定NPO法人芸術と遊び創造協会事務局長、東京おもちゃ美術館副館長・馬場清)

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