全国に広がるおもちゃ美術館と木育 焼津おもちゃ美術館②
漁業の街から森林へ繋ぐ、「林業のないまちから発信する木育」の取り組み
全国のおもちゃ美術館と同じく、焼津おもちゃ美術館も木育ミュージアムとして、次
の3点に力を入れています。
1.地元県産のヒノキやスギをはじめとする国産材の活用
2.電動糸鋸で木のおもちゃを作る体験
3.遊びの案内人である「おもちゃ学芸員」が伝える木のおもちゃ遊び体験
一つ目は、4月号配信記事「焼津の海・文化の魅力を『木』で伝えるおもちゃ美術館」で紹介していますのでそちらをご覧ください。
二つ目については、2022年度に新しい連携が始まります。焼津おもちゃ美術館が開館した21年度、焼津市経済部農政課では、森林環境譲与税を活用し、駿河湾を見下ろす眺望が美しい高草山の森林整備を行いました。市民のハイキングコースにもなっている山です。この森林整備により発生した間伐材を活用する取り組みに、焼津おもちゃ美術館の「おもちゃこうぼう」で開催されている「電動糸のこぎりで木のおもちゃを作る体験」も参画しています。
年間1千人以上が体験する電動糸のこぎり体験は大変人気で、土日や祝日は小学4年生以上のお子さんがおもちゃ作りに挑戦し、平日は赤ちゃんの成長を楽しむ手形を切り抜く親たちでにぎわいます。この材料が今年度から高草山の間伐材であるヒノキになるのです。
スーパーの野菜売り場で「〇〇さんの畑で取れた野菜」とポップが並んでいるように、「高草山の間伐材を使用しています」と説明を添えることで、地元の来館者が高草山を思い浮かべ、切り出す前の姿を想像することを狙っています。生活の近くに「木」があること、でもその木々は実は50年以上前に植えられ、3世代を超える人の手によって今に至っていることを知る機会になることでしょう。身近な山から切り出された「木」について知る、こうした体験を赤ちゃんのいる世帯から高齢者世帯まで広く伝えることができるのが「おもちゃ美術館」です。
電動糸のこぎりで形を切り出すだけでなく、やすりをかけて磨き、時にオイル塗装を施す体験を通し、木の香りをさらに感じる時間になっています。他の姉妹館にはない特徴といえば、切り出す形です。電動糸のこぎりを指導するおもちゃ学芸員の育成講座で使うデザインプレートの一番人気は「カツオ」。一般のお客様からもご希望をいただくこともあり、地域性を感じるところです。
三つ目の代表的な遊びといえば、焼津おもちゃ美術館で来館者からもおもちゃ学芸員からも真っ先に人気ゾーンとして挙がる「木のおおうなばら」で楽しまれている「おさかな探し」になります。
木のおおうなばらでは、約8万5千個のヒノキのたまごに埋もれるお子さんや大人の姿があります。そして埋もれているのは「人」だけではありません。木で作られた魚や貝が隠れています。この魚や貝を、おもちゃ学芸員と一緒に木のたまごの海に潜り探す、そうした遊びが毎日見られます。
お客さまと一緒になって、「潜る」「探す」「隠す」を繰り返すおもちゃ学芸員からは、「半日いると血行が良くなった」という感想が挙がります。体を埋もらさせることができるほど敷き詰められた木のたまごの遊びは、木の香りや感触を浴び、心身を癒す「木浴」になっています。
以上の3点に力を入れた結果、どのようなことが起き始めているでしょうか。
林業のないまちの焼津おもちゃ美術館のもとへ、地元県産材の活用事例や焼津市が推進する「木育」を学ぼうと、林業の盛んな地域の関係者が視察に訪れるようになりました。また、毎年恒例の静岡地域森林県民円卓会議の木育普及活動に向けたワークショップを、21年度は焼津おもちゃ美術館で開催。県の森林組合による木育体験メニューに加え、当館の木のおもちゃでの遊び体験、正面玄関前に広がる芝生広場でのモルックや木のお魚釣り遊び等、林業や森の生活から遠い世帯の皆さんに木のぬくもりや森を感じる遊びを気軽に楽しんでいただく機会となりました。
さらに、近隣の大学や短大との繋がりも増えています。同イベントで開催した保育士養成の短大生による落ち葉を使ったワークショップは、子どもを真ん中にした自然環境の在り方や保育への取り込み方を学び考察する学生たちの“体現の場”になりました。
木のおもちゃを切り口にした「木育」は、就労支援施設や高齢者福祉への可能性などもあり、多くの人たちを巻き込んで、市民のつながりでまちを元気にできるという期待感があります。
漁業のまちにある焼津おもちゃ美術館をプラットホームに広がる「木育」。森が元気なら海の美しさも維持できる。森と海の深いつながりと共に、森や海を通じて人と自然が繋がり合う社会、次世代に豊かな暮らしをつなぐ“場づくり”を目指します。
(焼津おもちゃ美術館副館長 橘高春生)