全国に広がるおもちゃ美術館と木育 焼津おもちゃ美術館①
焼津の海・文化の魅力を「木」で伝えるおもちゃ美術館
「焼津おもちゃ美術館」のある焼津市は、静岡県の中央に位置する市で、北は遠く富士山を望み、市内には焼津漁港と大井川港の二つの港湾があります。焼津漁港は江戸時代よりカツオ漁が盛んで、現在はカツオとマグロを主とする遠洋漁業の基地として機能し、全国第1位の漁獲量を誇っています。冬季の降雪もまれな温暖な気候は農業にも適しており、高草山や花沢山の山間部ではミカンや茶を、大井川流域の平野部では露地野菜を中心に、イチゴやトマトを栽培しています。市内の花沢地区にある30戸ほどの山村集落は「花沢の里」といい、江戸時代以来の伝統を保ちながら増改築された建物が連なり、街道沿いの石垣と板張りの壁面が特徴的で、タイムスリップしたかのような風情を感じます。林業とは縁の薄い街ではありますが、川や山林など周囲の自然環境と一体となった独自の歴史的景観は、2014年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
焼津おもちゃ美術館は、こうした焼津の海と里山の風景・文化を“木のおもちゃと遊び”を通して伝えるおもちゃ美術館として、21年7月に開館しました。ターントクルこども館の2、3階に配置され、1階には6千冊以上の絵本を展示する「こども図書館 やいづえほんと」があります。「集い」「遊び」「学び」をコンセプトに、0歳から100歳までが絵本とおもちゃを介しコミュニケーションを楽しんでいます。「住み続けたい、住んでみたい、行ってみたいまち焼津」の実現に向かって「地域資源や特性を『いかす』まちづくり」として、その役割の一端を担っています。
同館の木育空間でまず来館者の目をひくのは、2階に上がってすぐに広がる「木のおおうなばら」です。港には、静岡県産ヒノキでつくられた八丁櫓(はっちょうろ)といわれる和船をモチーフにした木製の船遊具があり、大海原は8万5千個のヒノキのたまごで表現されています。そして、その大海原には木でつくった5種の魚介類(マグロ・カツオ・サバ・ホタテ・ヒトデ)が隠れています。
子どもも大人も、壮大な木のたまごプールを目にすると、歓声を上げ、海に飛び込むように中に入って全身でヒノキの香りを浴び、その感触を楽しみます。普段、「木」に触れることの少ない来館者が、木の香りや木のたまごの転がる音を楽しむ姿は、象徴的な風景になっています。
象徴的といえば、「みなとあそび」にある、旧焼津漁港のシンボルだったかまぼこ屋根を模してつくられた小屋の下で開催される「木のマグロの解体ショー」は、同館“一押し”のイベントです。「おもちゃ学芸員」と呼ばれるおもちゃと遊びの案内人が、クスノキでできた本物さながらの1.2メートルもの大きなマグロを、包丁扱いも本物さながらに、慣れた手つきでさばいていく姿は圧巻。県外の来館者だけでなく、地元の大人にも人気があります。釣り好きの人からは、本物の魚と重さも似ているとまで言われます。
大海原や港での遊びの次は、「うみのまちごっこ」と呼ばれるゾーンに進みます。ここは、魚市場とおすし屋さんごっこが楽しめる空間で、ヒノキでつくられた長屋のようなしつらえになっており、生きのいいお魚がジャンプする焼津おもちゃ美術館オリジナルの木のおもちゃや、さかなブロックといったバリエーション豊かなおすしのおもちゃなどが並びます。
ヒノキの一枚板でつくられた厚さ30ミリのカウンターをはじめ、隅々まで匠の技が込められたしつらえは、迎え入れる子どもや大人すべての来館者に、職人の遊び心のバトンをつなぎます。定期的に来館し状態を見に来る職人が、開館から数カ月経って表面がへこみ傷ついたすしカウンターを見て、「たくさんの人たちに遊んでもらい、良い味わいが出てきましたね。この数カ月でこんなにも遊んでもらえたと思うとうれしいです」と漏らした言葉には、モノづくりへの思いと、モノを使うことによって生まれる味わいを楽しむ豊かな感性が込められていました。
3階にもおすすめの木育空間があります。一つは、花沢の里を模したどこか懐かしさを感じる小屋と、もう一つは茶摘みや、トマトやイチゴ・ミカンの収穫が楽しめるゾーンです。収穫遊びはどの姉妹館にもある人気のスポットですが、木のおもちゃの重みや両手で抱えたときの感触を通し、収穫物への感謝や食べる楽しみを親子で感じることができる空間として多世代で楽しまれています。
どの空間にも木の温かみを感じる館内は、海と山をつなぐ拠点にもなっています。
(焼津おもちゃ美術館副館長 橘高春生)