訪問者贈与スキーム(VGS)について

写真:LDFがVGSを実施している湖水地方の景観(出典Lake District Foundation ウェブサイト)
訪問者贈与スキーム(VGS)とは?
今回は、日本ではあまり馴染みのない「訪問者贈与スキーム(Visitor Giving Scheme/VGS)」について紹介します。VGSは優れた自然地の保全・管理のために訪問者や観光客に自発的に支払いを促す仕組みです。1999年にイギリスのナショナルトラストが、訪問者に楽しんだ場所の保全・管理のための資金を提供してもらうべく、参加ホテルの宿泊客に任意の1ポンドの寄付を求め、その資金を地域の保全プロジェクトに充てる取り組みを開始したのが最初と言われています。
元々はVisitor Payback Scheme/VPS(訪問者払い戻しスキーム)と呼ばれていましたが、この呼称の響きがネガティブだとして後に現在の呼称であるVGSに改称されました。2012年以降、イギリス環境食料農村地域省(DEFRA)がVGSをパイロット版PES(生態系サービスへの支払い)プロジェクトの一つとして位置づけたことから、VGSは経済学的政策的枠組みの一環と見なされるようになり、保護地域におけるPES型の自主的資金調達手法の一つとしてイギリス各地で展開されるようになりました。
しかしながら、典型的なPESでは例えば農家が水質改善のための土地管理を行い、水道事業者がその対価を支払うというように、ある特定の生態系サービスの向上に対して受益者から管理者に一定額を支払うという契約関係がありますが、VGSでは自然・景観を楽しんだ訪問者がその場所を守ってほしいという動機から寄付し、集めた資金を保全活動に使うものであり、支払いもその金額も任意に任されている点が純粋なPESや日本で事例が増えてきている入域料・協力金などとも異なります。
イギリスにおける取り組み状況と事例
VGSは、国立公園や景勝地などにおいて観光客・訪問者が景観、自然環境、生物多様性、レクリエーションの機会などの生態系サービスを保全するために任意の寄付を行い、その資金によって環境改善、景観管理を行い、観光によって享受される環境価値の維持・改善を図る仕組みとして実施されています。
湖水地方の慈善団体であるLDF(Lake District Foundation、旧名Nurture Lakeland)は、VGSのパイオニア的存在であり、例えば、フットパスの補修、猛禽類であるミサゴの生息地の修復、水質改善などのプロジェクトでは、旅館や旅行業者などのビジネスや地域コミュニティを巻き込んで年間250万人に及ぶレクリエーション利用者やツーリストから寄付を集めてきており、18年間で200万ポンド(約4.2億円)の募金を集めた実績を有しています。

図:LDFのVGSの仕組み
また、IUCN(国際自然保護連合)の分類Ⅴ(保全された景観)に該当する特別自然美観地域(AONB)の一つであるコッツウォルズ地域を管轄しているコッツウォルズ保全委員会(Cotswolds Conservation Board/ CCB)は、筆者が訪問した2020年の時点で23のVGSプロジェクトを実施していました。

写真:コッツウォルズ保全委員会(CCB)の最初のシードマネーによって整備されたカイトヒル自然保全地区(2020年撮影)

写真:同、カイトヒル自然保全地区の全景。中央は保全されている湿地(2020年撮影)
自治体への訪問者が観光施設、カフェ、レストラン、宿泊施設、ボートレンタル事業者などを通じて寄付する仕組みを構築し、地域の自然環境や観光関連施設の保全・改善に資金を使っている事例もあります。
2013年時点でイギリス国内には、実施中および計画中を含めて32件のVGSプロジェクトがありました。現在でも全国的な統計はないものの、PES型の自主的資金調達手法の一つとして、主要な保護地域など各地で広く使われています。
(フォレスティング研究所/上智大学客員教授 柴田晋吾)
[参考文献]
1)柴田晋吾. 2022. 世界の森からSDGsへ ―森と共生し、森とつながる. 上智大学出版
2)Lake District Foundation https://lakedistrictfoundation.org/fundraise/
3)Love the Broads https://www.broads-society.org/visitor-giving

