「脱炭素」と「自然再生」の二兎を追う欧州の新トレンド
ヨーロッパ地球観測プログラム「コペルニクス」のデータによれば、2024年は「パリ協定」(2020年以降の温室効果ガス排出削減のための国際枠組み)で合意した有史以前のレベルを1.5度上回り、歴史上最も暑い年になったという。地中海地域など各地で熱波や干ばつなどの極端な気候現象が頻発し、気候変動の影響がすでに目に見えるようになってきたと言われている。しかしながら、人類社会の持続のためには気候変動問題への対応だけでは不十分で、同時に生物多様性の保全の課題にも対応しなければならないことが広く知られるようになってきた。このように脱炭素と自然再生の二兎を追うためにはどのような対応が必要となるだろうか?本稿では、2025年の欧州における環境サービスセクターにとって鍵となると予測されている新トレンドを紹介する。
第一に、ネットゼロ(温室効果ガスの排出量から吸収量や除去量を差し引いた合計をゼロにすること)を超えて、自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止めて反転させる「ネイチャーポジティブ」の実現に向けた経済を作り上げることだ。ネットゼロ・脱炭素経済に注目が集まるなかで、スペインをはじめ各地で洪水が頻発するなど、気候変動とともに生物多様性、水、土壌の健全性など自然の全体を見ることが地球環境保全のために不可欠であることが認識され始めてきている。これからは脱炭素にネイチャーポジティブを加えた新たな経済を創出しなければならない。ネットゼロの目標は温暖化ガスの排出のバランスをとるることに尽きるが、ネイチャーポジティブのためには、たとえば民間企業はより広範な視点を持って企業活動が自然界に与える影響を理解することが出発点となる。
第二に、生物多様性保全のための自然再生法(Nature Restoration Law, NRL)をめぐる動きである。欧州では2024年8月に自然再生法が正式に発効し、2030年までにヨーロッパの海洋および陸域の少なくとも20%を回復し、2050年までにすべての絶滅危惧種の生息地を回復するという目標が確認された。欧州各国は2032年までに実施する内容の概要を定めた国別の再生計画を2026年までに提出することが義務づけられており、2025年は規制を実際の行動に移すために極めて重要な年となる。
第三に、カーボンクレジットマーケットにおける新たな基準の導入である。様々なレベルでカーボンの捕捉と除去についてのより正確な基準やツールの確立のための努力がなされてきているが、EUレベルにおけるカーボン除去の認証を目的とした初めての自主的なフレームワークとして、カーボン除去認証フレームワーク(CRCF)が提案されている。イタリアでは、2023年に国家カーボンクレジットレジストリを設置しており、国内の自主的なカーボンマーケットを規制するために国家林業カーボン規則の制定が進められている。国際的にはアゼルバイジャンの首都バクーで開催された国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)において、パリ合意第6条のガイドラインが決定され、グローバルなカーボンクレジットマーケットの新たな自主的な規則と国連による活動の品質保証システムが設けられることとなった。2025年には基準と方法論の統合や監視が行われ、脱炭素を進める企業にとってはより明確なツールによる恩恵を受けることになると予測されている。
第四に、生物多様性クレジットによる自然への資金拠出である。資金拠出の問題で国際交渉が壁に突き当たることは常であるが、自然と気候についての新たな金融ツールを見出すことがますます緊急の課題になっている。生物多様性クレジットは、未だにEUレベルでの公式な承認を受けていないが、自然による取り組みのための資金のギャップを埋める解決策として関心が高まりつつある。生物多様性クレジットの実施には、ガバナンスの透明性、地域コミュニティの参画、適切なMRV(計測、レポート、検証)の仕組みといった条件のクリアが必要となるが、絶滅危惧種の再導入や生息地の再生などのプロジェクトへの資金拠出にとって重要なツールと考えられている。コロンビアの首都カリで開かれた生物多様性条約第16回締約国会議(CBD-COP16)で強調されたように、グローバルなスケールで実施されるカーボンクレジットとは異なり、生物多様性の場合は地域に根ざしているものであり、特定の生物群系(バイオーム)内の影響を受ける箇所は、同じ生物群系で再生されなければならないのである。
第五に、気候変動のための適合活動が新しい常態となることである。森林やグリーンインフラといった自然による解決策が、都市の冷却化、土壌保全、洪水リスクの減少、生活の質の向上などに中心的な役割を果たす。気候変動と生態系という二つの危機は深く関連しており、すべてのビジネスセクターが自然生態系の健全性と生態系サービスに深く依存している。自然再生への投資は、1ユーロの投資に対して8~38ユーロの便益をもたらし、ネイチャーポジティブな産品やサービスは年間10兆ドルを生み出すという。このことは環境保全活動がその価値自体に加えて、世界経済に莫大な貢献をする可能性を示唆している。
(東北農林専門職大学教授・上智大学客員教授 柴田晋吾)
参考文献
Etifor. https://www.etifor.com/en/updates/our-5-trends-for-2025-towards-a-nature-positive-economy/?utm_source=ActiveCampaign&utm_medium=email&utm_content=☀%EF%B8%8F%20Discover%20What%20s%20New%20for%20Nature%20and%20the%20Environment%20in%202025&utm_campaign=Etifor%20%7C%20n%2012%20-%20Dicembre%202024%20-%20EN&vgo_ee=sI6XGASKQ9OtR6X%2BG%2BocpglbzZ25mHOfeUMAu7YFcjKJmntmG%2FI%2FhkAu%3AkUFzO3Kg7qwwg9IBoM8%2F1FSj4s0sA%2BmN (22/12/2024 access)