自然・地域との共生を目指す「森のようちえん」 環境整備にも貢献
自然体験活動や生活体験の重要性が認識されるようになった近年、「森のようちえん」が日本でも注目されるようになっている。あらゆる自然環境をフィールドとして活用、実施されている保育・幼児教育の総称で、発祥は1940年代の北欧・デンマークとされる。その特徴や、園の活動を通じて行われる森林環境整備の意義などについて考えたい。
森のようちえんとは
「森のようちえん」の法的な定義は存在せず、運営形態や規模は多様なため正確な数は把握されていないが、NPO法人森のようちえん全国ネットワーク連盟に加盟している団体は300を超える。一部の都道府県・市町村では独自の基準を定めて認証した団体に対して支援を行う「自然保育認証制度」を設けている。
一番の特徴は、自然の中で過ごす時間が一般的な幼稚園・保育園よりも長いことだ。文部科学省の「幼児期運動指針」では1日1時間以上の外遊びが理想とされている中で、1日のほとんどを自然の中で過ごす。園舎を持たず、雨が降っても雪が降っても活動場所は屋外のみという園も少なくない。
たとえば、筆者が見学できた「自然育児森のわらべ多治見園」(岐阜県多治見市)のある朝の活動はこんな様子だ。
自分よりも大きなリュックを背負って子どもたちが森の中へ進んでいく。道中の草花をじっくり見ながら摘み取っていく子、うるしの木を見つけて「これは触っちゃだめ」と周りの友だちに知らせる子、見つけたお気に入りの木の棒をお守りみたいにしてずっと持っている子など、森との関わりは様々のようだった。少し開けた場所に着くと、木漏れ日が差し込む中みんなで輪になって朝の会が始まった――。
園によって森林、畑、田んぼ、公園、河川など活動しているフィールドは様々だが、いずれも地域の身近な自然環境を活用している。
そうした環境で活動するにあたって重要なのが環境整備や維持管理だ。使う場所が公共の場である場合は管理業者によって行われていることがほとんどだが、私有地の場合は園の関係者が中心となって環境整備をしているケースがある。
ここでは二つの園の事例を紹介しながら、「森のようちえん」が行う森林環境整備の特徴と意義について考えたい。
事例1:埼玉県秩父市「花の森こども園」
「花の森こども園」は認定NPO法人「森のECHICA」が運営する、埼玉県秩父市にある地方裁量型認定こども園である。2008年に埼玉県皆野町を拠点に自主保育活動として開園した。活動を続ける中で、保育無償化の対象に認められないなど、保育を続けていく上で無認可であることが、平等にいきわたるべき子どもへのサービスの妨げになっていることもあったため、認可を取得することを決意する。認可基準を満たす園舎の設置のためにも秩父市で拠点探しを始めるも何度も断られてしまったそうだ。それでもあきらめず3年がかりで探し続け、当時葭田園長が移転先について相談していた、町内会長と吉田龍勢保存会の両者から提案された場所が確保でき、現在の活動拠点となっている。
2018年からは認可外保育団体となり、2020年に園舎を移転した。2021年からは地方裁量型認定こども園として活動している。「やっとスタートラインに立てた感覚」と葭田昭子(よしだ・あきこ)園長は言う。
園の主な活動拠点は園庭とそれに隣接する裏山、園舎近くの畑。周辺の河川や神社にも足を延ばして活動している。園舎、駐車場、そして活動フィールドとして利用するために約0.46 haが整備されている。裏山は主にクワやクリが広がる広葉樹林で、園庭には借用以前の地主が植えていたサクラ 、ウメ、 ハナモモ 、ベニスモモの古木がそのまま残る。
花の森こども園では、園舎が移転した年から、1年ほどかけて大がかりな整備作業が行われた。移転当初の裏山は藪だったが、園児の活動フィールドにするために、耕作放棄地と周辺林の整備が園の職員、保護者、園児によって進められた。当時は手探りで行う部分も多く、施業に関する技術や経験が乏しかった。そこで園の職員は園児も引き連れて下吉田地区で間伐をするボランティア団体である薪割りクラブのもとに出向いていった。職員はチェーンソーの使い方を学び、間伐の手伝いをする中で徐々にスキルを獲得しつつ、薪割りクラブとの信頼関係も築いていった。その間、園児は間伐した木や枝を運び出すなど、できる範囲でのお手伝いをした。こうした園からの働きかけをきっかけに、地域住民が園の整備活動に協力するようになった。
保護者や地域の人々を巻き込んだ活動を、園の運営形態の仕組みとして継続させていくために、移転後、葭田園長はF&Worksと活動に名前をつけ、毎月第1土曜日に定期的に行うイベントとして定着させた。
F&Worksには園児、園児の保護者、園の職員に加え、工作活動などで日頃から園に協力しているボランティア、地域住民、園の卒業生やその保護者といった多様な立場の人々が参加する。その数は毎回100人前後にのぼる。
活動は1日を通して行われ、その時期に必要な環境整備作業を行ったり、得られた自然素材を利用したワークショップを行ったりしている。主な作業内容は園長が他の職員と相談して決めるが、参加者からの提案を生かすこともある。作業は参加者の得意不得意やできることに応じて分担して行われていた。
「大人になると、大人数で何かやるってことがなかなか無い。『協働する』っていう過程が大事」「ここに来れば誰かに会える、安心できるっていう場所を作りたかった」と葭田園長は話す。活動の過程を重視しており、年齢や立場に関係なく、大人数が協力して物事を成し遂げる体験をしてもらうことや、自分の子どもかどうかに関係なくコミュニティ全体で子どもを見守っていくこと、園に関わるすべての人のプラットホームとしての機能に価値を見いだしていた。
F&Worksを通じた人々の様子の変化として葭田園長は、当初は労働として敬遠されたことがあったものの、保護者同士の交流、園との信頼関係づくりといったことに価値を見いだし、ほとんどの参加者が活動内容を選ばず積極的に参加するようになってきていると語る。地域コミュニティとして顔なじみのメンバーが定期的に集まる機会が参加者の家庭外の新たな居場所となり、心の充足感につながればいいと今後の展望を述べていた。
事例2:新潟県上越市「森のこども園てくてく」
次に「森のこども園てくてく」の事例を紹介する。
森のこども園てくてくはNPO法人「緑とくらしの学校」が運営する、新潟県上越市にある定員24人の地方裁量型認定こども園だ。2004年、「緑とくらしの学校」が設立され、デンマークの森のようちえんを>小管江美園長が視察したことをきっかけに、子育て支援事業「森のようちえんてくてく」を始めた。2006年、園長の自宅にて「野外幼児教育 森のようちえん てくてく」が開園した。2015年、集落からの招致を受け、廃園した旧下正善寺保育園の土地と園舎を取得して拠点を移転し、翌年認可外保育施設に認定された。2020年、園舎の全面的な改修工事が行われ、市内の製材所の協力も得て地域材を活用した内装の木質化を行った。2021年、地方裁量型認定こども園に認定された。
自然保育の活動拠点は、てくてくの森、園舎の裏山、園庭だ。てくてくの森は園舎から直線距離で2kmほど離れた場所にある。主な樹種はスギで、面積は2haほど。開園当初から利用している借用地だ。園舎の裏山は周辺住民からの借用地で、スギに加えて竹やぶもある。園庭は旧下正善寺保育園の園庭を改修したもので、人工的な遊具はなく、木製のテーブルやベンチ、裏山の竹を利用した手作りのジャングルジムがあり、広葉樹が植えられている。
森のこども園てくてくはNPO法人緑とくらしの学校の会員を対象とした「森づくり」と呼ばれる森林整備活動を行っている。この活動は、当時の所有者から今後の森の管理を園にお願いしたいという申し出があったことをきっかけに始まった。
元農業高校教員の当時の所有者は、地元新聞の記事でこの自然保育事業を知り、2006年の開園当初から園に場所を提供していた。開園後も森の管理は所有者が日常的に行っていたものの、2011年に体力的な理由から森の管理を引き受けてほしいと園に打診した。小菅園長は森のようちえん全国交流フォーラムに参加し、保護者が森の整備に関わっている取り組みがあることを知った。「自分たちもできないかな」と保護者に相談したところ「やってみようよ」と前向きだったこともあり、「森づくり」をスタートさせた。
本格的な森づくり活動が始まった2013年度から7年間は、越後ふるさと里山林協議会からの森林・山村多面的機能発揮対策交付金 を受けた。補助金は活動計画の策定から、環境保全事業・資源利用や空間利用・機材資材購入に活用した。基礎となる土木工事は園長の知人の土木業者によって実施されたが、基本的には「森にある材料を基本に、自分たちでつくろう」をコンセプトに環境整備が実施された。
土木工事で出た木材は小屋やツリーデッキに利用され、小屋の土壁の制作など、できる範囲で園児や保護者も参加した。その後も森づくり活動は継続し、整備範囲はてくてくの森だけでなく、園の裏山にも広がっている。現在は「フクロウの来る森づくり」をテーマにフィールド調査を実施した上で、整備が実施されている。
森のこども園てくてくの一連の「森づくり」には園の職員と、会員である園児・卒園児とその保護者が任意で参加している。森を管理して木を育てる、木を使い、植えるといった森林のライフサイクルを一通り経験してもらって「森と暮らしのつながりを見える化」し、自然と共生していける人を育成していきたいという思いがあると、小菅園長は語る。
園舎のある下正善寺地区は世帯数が少なく、高齢化も進んでいる。以前は子どもや子育て世代が1人もいなかったほどだ。嘆願書を作成してまで市に訴え誘致した。そのため、園側は土地代だけで旧園舎を取得できた。そうした経緯から、小菅園長は、森や園舎を得るにも地域の人の支援があってこそで、地域に貢献していきたいという思いが強い。交流人口として地域に出ていくことを大事にしている。若い園職員や園児が地域に出向き、おみこしのお祭りに参加したり、地域の畑の整備活動を手伝ったりするなど、積極的に交流している。そうすることで、地域の猟師の人がお肉を持ってきてくれたり、自らの畑の作物を取りに来ていいと申し出てくれたりと、様々な方面から園を気にかけてくれるような関係性が生まれている。
「園として地域の課題解決のプラットホームのような存在となり、今後も地域貢献を果たしていきたい」。小菅園長はそう語る。
同じような動きは園児の保護者にも広がっている。地域住民から使っていない土地を園のフィールドとして使ってほしいと言われた際、有志でその土地を再開拓し畑にしたこともあったという。保護者の意識が自然の恩恵を受けるだけの「消費者意識」から自然を守っていくのは自分たちだという「当事者意識」に段階的に変化している、と小菅園長は活動の意義を実感している。
まとめ
今回紹介した2例を見てもわかるように、園によって環境整備の内容や進め方は様々だが、共通するのは「子どもにとって」という視点に加えて、「森・自然にとって」「参加する人々にとって」「地域の人々にとって」どうあるべきかを多角的に考えた整備活動がなされている点だと筆者は考える。花の森こども園では「いろんな命との共生」という理念のもと、人間は自然の一部であるという考えを持ち、地域住民も一緒になった環境整備活動を行っていた。森のこども園てくてくでは、自然と暮らしとのつながりを感じられるような会員参加の森づくり活動を展開し、積極的に地域に出て地域の文化の継承や世代間の交流をしていた。森や地域のためといった視野の広い環境整備活動は、自然との共生を目指す「森のようちえん」だからこそ実践できるのではないのだろうか。
きっかけは子どものためかもしれないが、自ら森に入り自らの手で森を整備していくことが達成感や自信につながり、気づけば夢中になっている。そういった保護者や地域の大人たちによって、森のようちえんは支えられている。
(名古屋大学大学院 生命農学研究科 森林・環境資源科学専攻 森林社会共生学研究室 村上光)