「意図しない餌づけ」が野生鳥獣被害の背景に
シカなど野生鳥獣による農作物被害が問題になっている。捕獲に手が回らないことのほか、生息する森林の管理が不十分で、エサが不足し、過疎化が進む人里に出てきているという。
農林水産省のまとめでは、シカやイノシシなど野生鳥獣による農作物被害額は、2022年度に約156億円。10年度ごろの200億円超からは減っているが、それでも高水準だ。
とくにシカは個体数が増えたことが背景にある。環境省のまとめでは、ニホンジカ(本州以南)の個体数は約216万頭~約305万頭(中央値246万頭、22年度末時点)。約30年前から急増し、近年も高い水準で推移している。環境省は「捕獲強化を進める必要がある」としている。イノシシは約58万頭~約105万頭(中央値78万頭、同)で10年度にピークを迎えた後、減少傾向が続いている。
ただ、捕獲を強化しようにも野生鳥獣の猟師は高齢化し、減っている。大日本猟友会によると、狩猟免許交付の件数は1980年度に約46万件、60歳以上の割合が9.2%だった。それが17年度には約21万件、同61.7%となり、交付件数が半分以下に減り、シニアが大半を占めた。
そうした状況に、「人間による意図しない餌づけ」が生じている、とみているのが静岡県立農林環境専門職大学名誉教授で、全日本鹿協会副理事長の小林信一さんだ。
「日本の森林はかなり荒れています。戦後の木材不足で広葉樹を伐って、針葉樹を植えました。ところが安価な輸入木材が増えて、価格が1/3~1/4になってしまい、森林管理が十分に行えなくなりました」
日本の国土の7割近くを占める森林の約5割は天然林で、約4割が人工林。戦中戦後に木材需要が高まり、スギなどの針葉樹を植えてきた。人工林は植栽後、下草刈り、間伐など、伐採するまでの間、適切な森林整備が必要になるが、林業従事者は高齢化し、後継者不足に陥っている。
山林所有者も高齢化し、相続者が都会に出て分散するなど、山林経営そのものが成り立たなくなっている。
国産材の長期的な木材価格の低迷を背景に、手入れがされず放置された人工林も多い。
広葉樹林の里山も、普段の暮らしのなかで炭や薪を使わなくなって久しく、人の手が入らなくなったところも多い。
そして、「意図しない餌づけ」が起こる。小林さんはこう指摘する。
「どんぐりや下草などのエサが森の中にあまりありません。野生鳥獣は仕方なく、森を出ます。そして人里で美味しい農作物などのエサを発見します。以前は人里に人間がたくさんいましたが、いまは過疎化であまりいないことや、耕作放棄地の広がりが、シカなどが里に出やすい環境となっています。農作物を食べに人里に出てくることで、人間との緊張関係が高まっています」
「北海道では牧草をエサにして、エゾシカが増えています。いま酪農経営は飼料高騰で大変ですが、シカに牧草を食べられることで、さらに窮地に追い込まれています」
耕作放棄地が広がる連鎖も起きているという。
「農業所得の低下などで農家の耕作意欲が低下して、耕作放棄地が増えています。そこに野生鳥獣による農産物被害が増加すると、さらに耕作放棄地が増えるという悪循環に陥っています」
野生鳥獣が生息する森林管理をしっかりするには、林業の担い手をどうするか、若い人が就業するような魅力ある産業にできるか。この課題に取り組むことが必要になる。
農作物に大きな被害をもたらすシカを捕獲し、丸ごと利用することも大切になる。縄文時代の人はシカやイノシシを常食にしていたが、仏教伝来などで殺生を避け、こうした食文化が廃れた。シカの皮は平安時代に蹴鞠の材料になったほか、鎌倉時代に流鏑馬(やぶさめ)などで皮衣としても使われていたという。シカの幼角は鹿茸(ろくじょう)と呼ばれ、元気になる漢方薬の原料となり、中国で人気がある。
しかし、捕獲した野生鳥獣の利用実態について、小林さんは次のように話す。
「食肉として利用されるのは、シカでようやく15%くらい。ほとんど捨てられています。皮や角、骨はほとんど利用されていません。シカやイノシシの処理場は全国に800カ所くらいありますが、その多くが赤字で窮地に陥っているとみられます」
野生鳥獣肉を「ジビエ」として食用にすることをめざした食肉処理場が多くあっても、衛生管理や販路の確保など、なお課題が多いのが現状だ。
(浅井秀樹)