農山村の振興をめざして ~挑戦を続ける学生団体「しらみね大学村」~
「あ、ここにもあった」。普段は鳥のさえずりや、風のそよぐ音が目立つ静かな山に、和気あいあいとした若い声が響いた。2024年4月下旬、霊峰白山の麓、石川県白山市白峰地域の山林で、山菜採取イベントが開かれた。
石川県内外から集まった計30人の大学生を地域住人3人が案内しながら、白峰地域内の山林に入って山菜を採った。コゴミ、コシアブラ、ゼンマイ、ワラビ、ウド、アザミ、タラの芽――。はじめは右も左もわからなかった大学生たちは、徐々に夢中になっていく。 3時間ほどの収穫の後、地域住人と学生たちは採取した山菜の天ぷらなどを楽しんだ。
主催したのはサテライトサークルしらみね大学村(以下、大学村)。石川県内の大学を中心とする大学生が核となって同地域で地域振興に向けた活動を行っている団体だ。2022年11月に結成された。
本記事では、この学生団体の活動を報告する。その内容やめざすものが、全国で加速する農山村の荒廃に対処するヒントにつながると考えるからだ。
大学村は大学生が入れ替わり立ち替わり白峰地域に滞在して、「大学生の村」をつくることを活動理念にしている。具体的には、大学生が中心の「関係人口コミュニティ」ができること、「学生がいることで村が盛り上がっている」状態をつくることを目指している。「大学生が入れ替わりで来て 、延べ365日誰かしら大学生が地域に滞在している状態は,地域にとって移住者ひとりを迎えたことに相当するとも見ることができる」と設立をサポートした金沢大学の坂本貴啓講師は話す。
「大学生の村」構築へ向けた活動は多岐にわたるが、主なものとしては、地域の行事への参加や自主企画などを通した交流活動や、独自の取り組みである「クエスト」の実施がある。
交流活動では、冒頭で述べた山菜採取など自主イベントの開催や、白峰地域で行われる年4回のお祭りへの参加、お茶を飲みながら学生と地域住人が交流する「茶話会」などを、およそ1か月に3回のペースで実施してきた。
クエストは、困りごとを解決したい地域の人と大学生とを引き合わせる活動だ。地域の人たちが困りごとや大学生と一緒にやりたいことを「クエスト」として書く。依頼をもとに参加できる大学生を募り、地域内の寺院や旅館の掃除、飲食店の手伝いなどを行う。そして地元の言葉で「てま」と呼ばれるお礼を、金銭以外の、例えばおにぎりやおかずをもらうといった形で受け取り、交流する。地域にとっては若者がいない山間部の地域で貴重な働き手を確保でき、学生もイベント参加など一過性のものより、深く地域の人たちと関わる機会となる。
これらの活動に興味を持つ学生は全国から集まり、2024年3月時点で全国33大学、17都道府県、94人の学生がこれまでに活動に参加した。1年で約60日も滞在する学生もみられるように、大学村の活動に一度参加すると2回、3回と同地域を訪れる学生は多い。交流行事やクエストにより、大学生の参加や滞在が促されているといえる。
また、地域住人も大学生らを快く受け入れ、初めて訪れる学生に対しても「おかえり」と声をかける住人や、顔なじみの学生らを家に招待してお茶をする住人もいる。
これまで行われた大学村の活動で最も大規模なものは、開村1周年を記念して2023年11月に行われた報恩講だ。地域への感謝の意を示すため、設立当初からお世話になっている地域住人15人を招いて行われた。
報恩講とは親鸞聖人の命日前後に、寺院や門徒の自宅でお参りをする浄土真宗の仏事である。お参りの後には参拝者を精進料理でもてなすお斎が行われ、かつては白峰地域の各家庭では地元の山菜やキノコをふんだんに使った豪華な報恩講料理が振る舞われてきた。現在ではそれぞれの家で実施する人も減り、報恩講料理もほとんど作られなくなっているという。
春に山菜を採取するといった1年をかけた計画や準備など多くの困難はあったが、地域住人らの手厚い助けもあって無事に行うことができた。特に参加者の注目を集めたのは、報恩講の後に提供された豪華な報恩講料理だ。久しぶりに見る料理を前にして懐かしさを覚えたのか、地域住人が「昔の報恩講はこうだった」などと学生たちに話す様子が見られた。
この報恩講の行事で特筆すべきなのは、地域外の大学村というグループが報恩講の実施の補助ではなく、主催をしたことだ。ある意味、大学村は地域の伝統行事である報恩講の継承を担う地域の一家庭になったとも言える。
筆者は大学村のメンバーとして設立当初から携わっており、様々な動機のもとで参加する学生を見てきた。地域創生に興味がある学生、農山村の文化や暮らしに興味がある学生、学生の交流イベントが好きな学生、友達に誘われた学生。参加者の動機は違えども、地域を離れる際にはまた来たいという思いが生まれる人は多い。
その理由は、「大学村」がひとつの家のような存在として、徐々に地域の中で認識されてきているためではないかと考える。来る学生はある意味、「大学村」の家の子供として地域にすんなりと受け入れられ、地域の人々とは小さいころから親しんできた親戚や知り合いのように触れあう。
そのような関係性は、時に学生の価値観までをも変える。「同地域での学生や地域の人との交流は楽しく、今までは目を向けてこなかった地方への興味が増したのに加え、故郷とは何かを考えるきっかけになった」。冒頭の山菜採取イベントに参加したある学生はこのように述べた。今の都会ではあまり見られなくなった人との関わりにどこか懐かしさを覚え、白峰地域に自身の故郷を重ねたのであろう。
大学村の活動の特徴は地域の人たちとの継続した関係性の構築であるが、参加者の増加および運営資金の獲得が不可欠であると大学村の代表は話す。活動数は増加しているものの、参加する学生、地域住人は固定化しつつある。地域内外での認知度を高め、参加者が固定化しないよう、地域外にはSNSで情報を発信し、地域内には口コミや老人会・青年団などへの積極的な宣伝を行い,広く参加者を呼び掛けている。
また、イベント活動や地域内にある拠点維持にかかる費用の確保も課題だ。大学村では環境省からの事業の委託や公的機関との連携協定締結などを通して必要経費を賄っている。
大学村は地域に深く根差し、地域内の一般家庭のように地域を支えていくことが活動の意義なのではないかと考える。2024年度も様々なクエスト活動に加え、地域のお祭り参加、報恩講の開催などを予定しており、1年を通して若い声が地域に響くことが予想される。
(名古屋大学大学院 生命農学研究科森林・環境資源科学専攻 森林社会共生学研究室 上田隆太郎)