心癒される都市の街路樹 その実態は
東京都心・神宮外苑地区(約17.5㌶)の再開発をめぐり、伐採の是非が関心を集めている街路樹。 その木々は都市で暮らす人たちを癒してくれる貴重な自然だが、そもそも、どんな樹種が多く、どのように維持管理されているのだろうか。
近代の街路樹は1867年、横浜市の馬車道(中区)が発祥とされる。横浜市は「馬車道の各商店が、店の前に柳と松の樹を植えたのが始まり」だと説明している。
その後、とくに戦後や高度成長期の道路・都市整備によって、全国で街路樹が増えていった。
国土交通省が5年ごとに行う「道路緑化樹木現況調査」によると、2022年3月末現在、全国の街路樹で樹高3㍍以上の高木は約629万本あった。種ごとにみると、多い順にイチョウ、サクラ類、ケヤキなどとなっている。
街路樹の役割は、①景観向上機能、②環境保全機能、③夏場などの緑陰(日陰)、④車のヘッドライトを遮る、⑤道路の方向性(視線誘導)、⑥大震災での延焼防止、などだと、国土技術政策総合研究所・緑化生態研究室の飯塚康雄室長はいう。
このうち環境保全機能では、車の騒音や排気ガスの吸収・低減、二酸化炭素の吸収などがある。1923年の関東大震災では延焼防止効果があったとされる。飯塚さんは「樹木があると、延焼がそこで止まる。道路の空間で燃え広がらなくなり、相乗効果がある」と話す。2011年の東日本大震災では、津波で流された車などを樹木が止めたともいう。
そんな都市樹木はいくつも課題を抱えている。飯塚さんは、成長による大径化や過密化、道路表面を持ち上げる「根上がり」、植栽基盤の劣化や病虫害による育成不良、樹勢衰退、倒伏・落枝、それらに伴う景観価値の低下などを指摘する。
都市樹木の寿命や再生については、明確なデータがない。飯塚さんは「都市環境のなかで寿命は違ってくる。1本1本を定期診断して、危ない木をはじめ計画的な更新が必要になる」と話す。さらに、「定期診断も完璧ではない。症状がなく、倒れる木もある。根っこが傷んでいるのだが、地上からは見分けられないこともある」と語る。
街路樹や公園の樹木が、突然倒れると危険だ。台風など強風でも倒れることがある。倒木で事故も起きている。
都市樹木を維持管理、再生していくには、樹木のことを熟知した人が必要だが、専門家も含めて人手や予算が不足しているという。
たとえば樹木医という民間資格がある。日本緑化センターによると、認定者総数は昨年末で3272人。街路樹の維持管理者でそうした有資格者はかなり少ないと飯塚さんはみる。
自治体が街路樹の維持管理などに充てる予算も少ないという。
都市樹木が落葉樹なら枯葉が落ちる。落ち葉は住民にゴミとして嫌われる。歩道や道路の落ち葉は歩行や車の走行に邪魔となり、足をとられて危ない。その清掃には人手も費用もかかる。
自然界で落ち葉はゴミでない。循環する貴重な資源だ。樹木は土壌から水分だけでなく、さまざまな養分も吸い上げる。自然界では、その養分などでつくり出された葉が地上に落ち、昆虫などが食べて糞を出すほか、微生物が分解するなどで腐葉土となる。これに対し、都市では、樹木がそうした自然の循環を奪われた環境で育っている。
そこで樹木を育てていくために、たい肥などを入れたりもする。
伸びすぎた枝などは剪定するほか、下草刈りなども必要になる。剪定では、日本独特の「透かし剪定」もある。樹冠内部にも光が入るように枝数を減らし、樹冠が透けることから、こう呼ばれている。ここでも知識や技能を持った人手が必要になり、費用もかかる。
街路樹の整備では、道幅や周りの施設・建物との調和など、樹木が大きくなってからの景観なども考えておく必要がある。かつては、都市を復興させる際に、成長が早く、大きくなるものが求められたが、現代では、早く育つものを植えればいいとはいかない。
さらに、自然界と違い、都市部では樹木の根が伸びる範囲がどれくらいになるのかも、重要な問題となる。飯塚さんは「工事で根が切られることもある。その際に、その木を残すのか、小さな木に植え替えるのか、という選択が生じる」と話す。最近は電線を地中化する動きがある。主に、歩道の下に配置するが、街路樹は地下に埋められている上下水道やガス管、さらには地中化される電線などにも、根の生育が影響を受ける。
そして、都市樹木にとって最大の課題は、冒頭に触れた案件のように、地域住民の合意形成だ。その際に、再開発の妨げになる樹木を伐採する問題だけでなく、いまある樹木をどう維持・再生していくのか、さまざまな意見が住民から出てくる可能性がある。
都市樹木のあり方について、飯塚さんは「合意形成には答えがない」と話す。地域住民が意見を出し合い、ていねいに合意を形成していく必要がある。そのために、「地域で早くから時間をかけて議論しておく必要がある」という。
(浅井秀樹)