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森の全方位ビジネス「森林業」の可能性(3) 健康のために森を訪れることについて

高尾山山頂にて撮影(2021年10月24日)

 日本ではどうして都市住民の多くは森を訪れることがないのだろうか?住居の周りに森がないという物理的な距離の問題に加えて、森の状態やアクセス権もネックになっているであろう。
 すなわち、前回述べたような森=山であるという急峻性に加えて、人工林や里山は暗いか下草が繁茂しており、歩道もない状態であることが多い。また、北欧、スイス、ドイツなどのように自由アクセスの伝統がないため、勝手に私有林に立ち入ることははばかられる。また、健康のために森に行くことに興味はあるけれども車で郊外に出かけることができるのは週末だけ、まして、遠方のリゾート地に森林トレイルがあったとしても、車で数時間もかけてそこまで毎週出かけることができるのはよほど経済的、時間的に恵まれた人であろう。都会に住む人々の健康づくりのための日課としては、街中のランニングやスポーツジムに行くのがずっと手軽なのである。

 一方、アメリカの状況を見てみると、アウトドアレクリエーションの推進が必要な理由の一番目に健康維持が挙げられている。原生保護地域の父とされるカーハート(Arthur Carhart)の言葉である「森林から得られる最大のサービスは肉体と精神を刷新すること」、および、「規則に縛られない遊び!としての野外レクリエーション」の意義が強調されている。また、国公有林が西部に偏在していることから、一般の人々のレクリエーション利用に私有林を開放する所有者を支援する施策が講じられている。
 米農務省天然資源保全局/NRCSのデータによれば、2020年現在で34州、1先住民地区あわせて約6400万㌈(2600万ha)の開放実績があり、5730万㌦(約90億円、1㌦157円で計算)の経済効果も生んでいるという。また、野生生物関連のレクリエーションとして、近年急速に増えているのが①野鳥などの観察、②写真撮影、③餌やり、④野生生物の生息地のための自然地の保全などを行う「野生生物ウォッチング」で、アメリカ国民の16歳以上の57%にあたる1億4830万人が行っているという。これに対して、伝統的な釣りや狩猟を行った者の数はそれぞれ3990万人、1440万人(2022年)にとどまっている。

 これに対し、森林で行いたいことを尋ねた日本での最近の内閣府の調査結果によれば、圧倒的に多かったのが「心身の健康づくりのための森林内の散策やウォーキング(70%)」であり、「森林内でのランニング、自転車走行(24%)」、「音楽鑑賞や芸術鑑賞などの文化的活動(22%)」、「自然を活用した保育・幼児教育(21%)」を大きく引き離す結果となった。森林内の散策やウォーキングが圧倒的に多いのは、これらの活動は最も手軽に行うことができるからであろう。しかしながら、健康に良いからやりなさいと言っても、その人の好みに合う活動でなければ、長続きはしないであろう。気に入った活動を継続して行う結果として健康になるというのが自然な姿ではないだろうか。

 先日のシンポジウムでは森林の無関心層をどう森に誘うかという議論もなされた。しかし、人気のある所ではすでに混雑が問題になっている場所もある。例えば、冒頭の写真は秋のある日の高尾山山頂の状況である。弁当を広げる場所もないこのような状況では、レクリエーション利用の満足度はかなり低下する。森に関心のない人を森に誘導した結果、跡にごみの山が残るくらいなら、無理に誘導しないほうが良いという意見もある。いたずらに都会の文化を野山に持ち込むことも感心しない。人々を森に誘うのであれば、このような課題にきちんと目を向けるとともに、私有林の活用やゾーニングを進め、多様なレクリエーション需要に対応したフィールドを用意することが肝要であろう。
 (東北農林専門職大学教授・森林業経営学科長 柴田晋吾)

 参考文献
‐USFWS. 2022 National Survey of Fishing, Hunting, and Wildlife-Associated Recreation

リンクはこちら

-Theodore Roosevelt Conservation Partnership. 2020.
-林政ニュース2024年2月14日号

 

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