FOCUS

森の全方位ビジネス「森林業」の可能性(2) 都市市民は森に何を期待しているか?

スイス森林浴組織(Waldbaden Institut Schweiz)は、2019年に設立された一般対象の森林浴や将来の森林浴ガイドのための教育を提供する民間組織(写真提供:Zoë D. Lorek)

 これからの「森林業」の可能性を考えるにあたって重要な視点は、人口の大部分を占める都市住民のニーズに適切に応えるということである。久々に対面で開催された日本森林学会の企画シンポジウム「都市住民の森林への訪問をめぐる研究の可能性と課題」に筆者もコメンテーターとして参加した。東京23区の住民5千人に森林との関わりあいについてのアンケートを実施した結果について、森林総合研究所の研究チームからの報告があった。それによれば、都市公園などを森として含めて考えても、1年間に一度も森に行ったことがないという人が全体の64%に達したということであった。以下では、本シンポジウムにおける報告や当方のコメント、および関連する国内外の情報を含めて紹介する。

 熊崎實先生の1977年の著書の最後に、「やがて厚生林業が一冊の本を形作るようになるであろう」とあるが、2024年2月公表の全国3千人を対象とした内閣府の「森林と生活に関する世論調査」の結果、人々はいやしや健康づくりの役割を森に期待していることが明らかになった。世界的な傾向と同様に、日本でも人口の7割が都市圏に集中しており、都市住民を対象とした厚生林業である森林サービス産業を含む広義の森林ビジネスである森林業は、非常に重要なテーマになってきた。
 この内閣府による調査結果でも、1年間に森林に一度も行っていない人が全体の47%を占めている一方で、森林に期待する働きについては、地球温暖化防止や災害防止の働きへの期待が大きく伸びている。
 一方、大都市部の住民に限定していないがヨーロッパ地域の一般住民を対象に、重要と考える森林生態系サービスを聞いたアンケートでは、図のように調整サービスや文化的サービスが非常に高い率になっており、今回の都民を対象とした森林総研チームの調査で最も関心が高い結果となった。いやしややすらぎを求めるという項目と、ヨーロッパのアンケート結果の審美的価値、人間の健康、レクリエーションやスピリチュアルが近い価値であると考えられる。

 また、ヨーロッパ地域では、人々と森とのリ・コネクションの動きが進んでおり、一般的に森を訪れる人の比率は高い。
 たとえば、スイスでは、国民のほとんどが森から20分以内に住んでおり、森の散策は人々の日課になっており、全人口の8割が余暇やレクリエーション目的で森を訪れる。キイチゴ類やキノコの採取が盛んなフィンランドでも、国民の森に行く頻度は平均して週に2、3回、年間170回という調査結果がある。また、イタリア人は、国民の4割の人がキノコ狩りをするという調査結果もある。さらに、ヨーロッパでは健康を守るためのグリーンケアという考え方も出てきている。ケアは健康を守るために人々の世話をする、必要としているものを提供するという意味であり、グリーンケアとしては、森林によるケア、 社会農業、都市グリーンケア、グリーンケア・ツーリズムなどがある。

京都市内から大文字山方面を見る(撮影 2024.3.17)

 森林率が7割近い日本で、なぜこのように森に行かない人が多いのか? 森が近くにないというのが、一番大きな理由であろう。都内では、都市公園も森と考えれば、徒歩圏で森に行ける人は一定程度はいるだろうが、大部分は徒歩圏内に森がない環境に居住していると思われる。また、車や電車で出かけて郊外に行く場合を考えてみると、仮に森があっても、森林公園など以外は入ることができないケースが多い。最近、京都の住職さんとこのことを話す機会があったのだが、日本は森イコール山であり、気軽に歩けるような都市公園と山との中間的な場所が少ないと言っていた。確かに、京都市内は山々に囲まれているが、わざわざそちらに行くのは苦しい山登りというイメージなのかもしれない。この点については、次回さらに深く検討したい

 (東北農林専門職大学教授・森林業経営学科長 柴田晋吾)

 

 (参考文献等)
 森林学会企画シンポジウム「都市住民の森林への訪問をめぐる研究の可能性と課題」2024.3.8.
 熊崎實. 1977森林保全と環境規制 日本林業技術協会
 H2021CLEARING HOUSEプロジェクトが実施したアンケート調査結果
 林政ニュース204年2月14日号

PAGE TOP