チョウセンアカシジミの保護と昆虫採集文化
チョウセンアカシジミは樹上性のシジミチョウの仲間の一種だ。日本に25種いるゼフィルスという愛称で呼ばれるミドリシジミの仲間に属し、モクセイ科のデワノトネリコのみを食草とする。美しいチョウだが、国内では岩手、山形、新潟の一部にしか生息していない。
デワノトネリコは、はざがけ用に水田の畔などに植えられたことから、かつては水田周辺や低地の湿地帯、人家の生け垣屋敷林などで本種が多く見られたが、開墾などによって生息地が減少している。1986年からの20年間でトネリコの半数以上が消失し、本種も大きく減少、局所個体群の孤立化が進んでいるという(1)。チョウセンアカシジミは環境省の絶滅のおそれのある生物(レッドデータブック絶滅危惧Ⅱ類)に指定されており、山形県も77年に天然記念物に指定している。
山形県では新庄市内でも10年ほど前に生息が確認され、2015年に「福宮チョウセンアカシジミを守る会」(会長:伊藤良一さん)が設立された。事務局長の中塚悟さんによれば、最初は一人で活動していたのが現在では14名の会員を数えるまでになった。本会は18年には地域の宝を守るためにあえて生息地を公表した。一帯は私有林も含んでおり、森林所有者の一人も守る会の会員となって保護に協力している。チョウセンアカシジミはアリと共生するために日当たりの良い環境を好むため、草刈りや植樹会、観察会などの保護活動が続けられている。
成虫が出現する時期は梅雨時の数週間に限られることもあり、この小さなチョウの存在や飛翔(ひしょう)に気がつく人は数少ない。先日開催された福宮地区の観察会に筆者も招かれて参加した。この日は晴天で風も弱く観察には絶好で、1時間ほどの間に交尾個体を含む5匹の個体や産卵されたばかりの卵も見ることができた。参加者のなかには父親に連れられた小学生ぐらいの男の子もいて、じっとしている交尾個体を不思議そうにじっと見つめ、おがくずで育てているカブトムシの幼虫をもらって大事そうに抱えている。
これを見て、かつて筆者も昆虫少年であったことを思い出した。営利目的などの採集活動は批判されるべきであるが、こどもたちによる普通種を対象とした昆虫採集は、将来チョウセンアカシジミなどの貴重な自然を守る人を一人でも多く育てていくために必要な学習の過程であると考えている。
以下に、かつて著書のなかで述べた内容を引用しておく。
「日本の国蝶であるオオムラサキは、かつては雑木林のあるところでは比較的普通に見られたチョウであった。筆者が小学生であった昭和40年代ごろ、父親に連れられて湘南地方の低山を歩いているときにこのチョウに初めて出会った。その時の鮮烈な印象は今でも忘れることができない。林道の上空からスーッと鳥のような大きなものが飛んできて、ちょうど手の届く葉っぱの上に羽を広げて止まった。必死で捕虫網を振ったら、幸い中にはいったものの、バタバタとあばれて簡単には三角紙に入れることができなかった。(中略)日本では幼少から昆虫とのふれあいを通じて、生態系の仕組みと驚き、命のはかなさを身体で学んできた(2)」
日本ではこのような世界的にも珍しい昆虫採集文化とでも呼ぶことができる伝統が、子どもたちの情操教育や環境教育に重要な役割を果たしてきた。この貴重な伝統を次の世代にも受け継いでいけるような社会環境づくりが重要だと考えている。
参考文献
1)永幡嘉之.2009.日本生態学会第56回全国大会講演要旨
2)柴田晋吾. 2006. エコ・フォレスティング. 日本林業調査会. 274p.
(上智大学客員教授 柴田晋吾)