「採集林」という天然資源利用 自然との触れ合い見直すきっかけ
那覇市から西へ約40キロ、東シナ海に浮かぶ亜熱帯の慶良間諸島。その一つに、ダイビングなど海のツーリズムが盛んな座間味島(座間味村)がある。島にはヤマモモが点在し、地元の人たちはそれを採集し、果実酒やジャムにしてきた。最近では「ざまみの山桃酒」まで売り出した。
こうしたヤマモモなどの植物活動によってつくられ、維持されてきた森林などは「採集林」と呼ばれてきた。今年3月、島を訪れた九州大学比較社会文化研究院の藤岡悠一郎・准教授は、あらためて座間味の自然を目の当たりにするとともに、「都市の公園も、現代の採集林ではないか」と指摘した。例えば、福岡市内の公園には「野イチゴが生えているところがあり、採りに来る人もいる」からだ。
縄文時代から「日本のナッツ」として親しまれてきたのがトチノミ。その巨木林は、福島県檜枝岐(ひのえまた)村や新潟県佐渡市、石川県白山市、滋賀県高島市、京都府綾部市、奈良県下北山村などに残っているという。トチノミを採集するために、住民が緩やかに維持してきた森林だったことがうかがえる。「長大な歴史を垣間見ることができる」(藤岡さん)。
採集活動は農業が始まるよりも古い時代にさかのぼり、昔から人が食料を確保するためにあった。しかし、トチノミやドングリ、ヤマモモなどを採ってくる採集林という区分は、これまできちんと位置づけられてこなかったという。 人が使う用途に応じた山林の区分としては、材木を切り出す用材林や、里山のような農用林、材木を得るため植林する人工林などがあった。
藤岡さんは「あえて“カテゴリー化”しなくてもいいと、これまで用いられてこなかったが、採集活動に特化して『採集林』という言葉を使ったほうがいい森林があるとわかった」と話す。藤岡さんの調査対象は「食料資源を採るもの」に限定している。広くいえば果樹園も採集林だが、食料資源を採るため人工的に育てているものは対象とせず、あくまで天然のものに限っている。
日本で採集林が大きな影響を受けたのは昭和30年代後半の高度成長期以降。紙の原料となるパルプ資材や木材などを得るために森林を伐採し、木造住宅を建てるために人工林を拡大するなどで、多くの地域で採集林が失われていったとされる。もちろん、マツタケや山菜などを採るために入山するケースはあるものの、採集林で木の実などを採って主要な収入源とし、生活する人は少なくなった。
「自然と触れ合い、価値のあるものを手に入れることに意味があり、採集活動を見直したい」。藤岡さんが採集林を調査研究の対象にするのは、それをかつて身近だった存在へと戻そうとする作業でもある。
日本は国土の約3分の2が森林でおおわれている。森林の約半分が天然林で、約4割が人工林、残りが樹木の生立していない無立木地や竹林などとされる。人工林は林業就業者の高齢化や後継者不足で間伐などの手入れが行き届かず、山が荒廃しつつある。治水や国土保全の観点からも、森林の維持管理が深刻な問題となっている。さらに、地球温暖化を防ぐため、温室効果ガスの抑制が世界的に喫緊の課題となり、森林の役割が見直されている。
こうした課題を身近に感じ、考えていくうえで、森林に入って採集活動をすることを見直してみるのは、意味のあることだろう。現代の子どもたちが日常生活で、野イチゴを採って食べてみたりする機会はほとんどなくなっている。親世代にそうした経験がなく、教える人もいなくなっている。
子どもたちが課外活動として採集林に入り、木の実などを採る楽しさを知れば、国土や環境の問題がより身近に感じられるのではないか。
(浅井秀樹)