地元・都市の共存策へ 「入山チケット」というPES(生態系サービスへの支払い)スキーム
イタリアでは、10人に1人が野生キノコ狩りをするという調査結果がある。また、フィンランドなどの北欧では、キイチゴや野生キノコの採取は文化の一部となっている。そして近年は“フォリッジング”という食べられる野草などの探索活動も、ヨーロッパ地域の都市住民を中心に注目されている。
栽培食物や人工物に囲まれた時代において、このような野生の食物の探索は、われわれの五感や感動を呼び覚ましてくれる貴重なレクリエーション活動である。
実は、イタリアとフィンランドにおけるキノコ狩りには大きな違いがある。それは、イタリアでは入山チケットを払って有料なのが普通で、フィンランドでは無料である。これは自由に森に入る権利(万人権)の伝統があるか否かによる。逆にいうと、イタリアのようにその伝統がない国では、キノコ狩りのチケットで収入を得るチャンスがある。
イタリアでBoletusの仲間(ポルチーニキノコ)の最も名高い産地であるボルゴターロでは、キノコ狩りのために毎年10万人が訪れ、入山チケットの売り上げだけで数億円を稼ぎ出す年もある。2021年に筆者が現地で実施したアンケートによれば、ミラノ周辺の都市から、ガソリン代・高速代とチケット代、宿泊費を支払って来ている入山者が多いことがわかった。ここでは、チケット収入をキノコ発生の増進のための森林整備に充てる良い循環ができている。
これは、野生キノコ狩りというレクリエーション活動に対するPES(生態系サービスへの支払い)であり、森林サービス産業の一種といえる。
では、日本ではどうであろうか?
国内にはもちろん万人権はないが、マツタケ山の入札などを除けば、レクリエーション活動としてのキノコの採取は、無料なのが普通である。しかしながら今後、地域外からの入込者の増加が予想され、伝統的な地域住民の営みとのコンフリクト(衝突)を避ける仕組みを設けることが重要になる。
その解決策の一つが、入山チケットである。山形県高畠町では、チケットを支払えば誰でもマツタケ狩りができる仕組を設けている財産区有林がある。今回、入山者を対象にアンケートを実施し、先のイタリアの事例と比較してみた。その結果は第134回日本森林学会大会で報告したところであるが、訪問者の多くはリピーターであり、県外者が全体の59%を占めていることがわかった。また、県外者はマツタケ1本を採取するために、その市場価値以上の金額を費やしており、「採れなくとも楽しかった」という感想も多く目につき、マツタケ探しというワクワクする行為を楽しんでいる人が多い。
マツタケは生育の豊凶の差が大きいため、入山した場所によって採取の当たりはずれが大きいという面もある。高畠町のチケット収入はボルゴターロの数%の規模に過ぎず、現地は急峻(きゅうしゅん)であり、どちらかといえば玄人の愛好者向けである。幸い今までに大きな事故は発生していないようであるが、今後より多くの顧客を獲得することを目指すならば、参加者の安全対策を拡充することも必要となろう。
このほか、山形県内には同様な形で山林を「ワラビ園」として開放して収入をあげている事例も数多い。
なお、PESによる支払い額は、木材生産などの損失補償額を超えることはないという“誤解”が一部にあるが、PESは追加的なサービスの市場の構築を含む広い概念であり、それによる支払い額は逸失利益の補償額にとどまるものではない。この二つのケースでは、キノコ狩りへの開放による木材生産などの逸失利益はいずれも、もともと少ないが、入山チケットというPESスキームが逸失利益を大きく上回る収入を生んでいるとともに、地域住民と都市住民との共存・共生策としても機能している事例であると考える。
(上智大学客員教授・大学院地球環境学研究科 柴田晋吾)