“悪者扱い”のスギ・ヒノキ森林で進む「花粉症」対策
暖かくなって気分もはずむ春だが、「花粉症」の人には悩ましい季節がやってきた。ところが、国民の4割ともいわれるそんな症状の人たちに朗報がある。花粉の飛散が少ない森林が少しずつ、広がろうとしているのだ。
花粉症の人は、体の免疫細胞が花粉に過剰に反応することが発症の要因だとされる。厚生労働省のサイトによれば、侵入してきた花粉を外に出そうと、くしゃみで吹き飛ばしたり、鼻水や涙で洗い流そうとするという。アレルギー反応を起こす花粉は、関東地方で2~4月にスギ、4~5月にヒノキなどから飛散することが知られている。
日本は森林が約2500万ヘクタールあり、国土の67%を占める。このうち、人工林が41%にのぼり、さらにその内訳はスギ44%、ヒノキ25%という状況だ。スギ、ヒノキ両方で人工林の面積の約7割を占めている。
戦前・戦中に用材や燃料として伐採され過ぎたため、森林が荒廃した。戦後、住宅建築などで木材需要が増えるなか、加工しやすく、幅広い用途に使えるスギなどが好んで植林されてきたことが背景にある。
そもそも、花粉はどのように放出されるのか。
スギ花粉を放出する雄花は7月ごろから形成され始め、11月ごろに花粉が成熟するとされる。その後、気温の低下や昼が短くなることによって雄花は“休眠状態”となるが、冬の寒さによって覚醒し、飛散の準備を始めるという。花粉が飛散する時期は、覚醒した後に暖かい日が続くと早まり、寒い日が続くと遅くなる傾向にある。
花粉症の人からは何かと“悪者扱い”されるスギなどの人工林。1992年に富山県内で「無花粉スギ」が発見されて遺伝子の変異が原因だとわかると、花粉を出さないスギや、花粉の少ないスギの研究が進められてきた。
「木を伐採したところで、花粉の少ない苗木に植え替えてきている」と林野庁で森林環境の保全にあたる担当者は話す。国もまた、スギなどから飛散する花粉を抑えようと対策を進めている。既存のスギの伐採と、苗木の植え替えにより、スギ苗木の生産量に占める花粉の少ない品種の割合は2005年度には0.5%だったが、15年度には21.9%に増え、19年度には48.0%にまで達したという。
もっとも、伐採や植え替えは短期で簡単にできるものではない。木材需要の動向をみながら、林道をつくるなど伐採木の搬出への対応も必要になるからだ。また、同じ山から一気に伐採すると、地滑りや水害などを引き起こすリスクもある。同庁としても、こうした状況を慎重に見極めながら総合的に対策を進めているという。
国立研究開発法人「森林研究・整備機構」は、各自治体と連携しながら、少花粉スギや無花粉スギ、少花粉ヒノキの品種開発を進めてきた。19年度末時点で少花粉スギを147、低花粉スギを16、少花粉ヒノキを55品種、それぞれ開発した。これらは雄花の着生が認められないか、きわめてわずかという。それらの品種を早期に生産する技術開発も進む。例えば、静岡県ではビニールハウスの閉鎖型採種園を活用するなど、害虫を防ぎながら生産管理をしている。
前述のように、スギ苗木の生産量に占める花粉の少ない品種の割合は5割ほどにまで高まっているが、国はさらに10年後にはその比率を「約7割にしていこうとしている」(林野庁担当者)。
さらに、花粉の飛散を抑える「防止液」の散布も検討されている。国立研究開発法人「森林研究・整備機構 森林総合研究所」によれば、06年にスギ雄花に特異的に寄生する菌類を発見。これをもとに人為的に雄花を枯死させることに成功し、14年に特許を登録した。花粉飛散量の抑制効果としては、11月に散布すると90%以上の雄花が枯死するという。花粉飛散量は、通常のスギと比較して3%程度まで抑制できるとも。花粉飛散防止液は人が散布するものの、それが困難な傾斜地などでは無人ヘリコプターを使う必要がある。
森林総合研究所では、できるだけ早期の散布開始をめざしている。これが実現すれば、少花粉や無花粉の苗木への植え替えとともに、花粉の飛散が少ない森林が広がることになる。花粉症に悩む人たちには期待の対策となりそうだ。
(浅井秀樹)