脱炭素 現場から

循環型林業の理想と現実 きつい下刈り、再造林に手厚い独自補助

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降りしきる雨のなか、草刈り機で雑草を刈っていく白神森林組合の職員=2023年6月30日、秋田県能代市

 カーボンニュートラルの実現に向け、林業や木材産業では資源の循環利用が大切になる。「切りどき」の木を伐採して、二酸化炭素(CO₂)を切った木に固定、適地には植林してCO₂の吸収源となる若い木を増やすというサイクルだ。しかし、山間部の人口減少、木材価格の長期低迷などを背景に、現実は厳しい。現場を訪ねた。

 秋田県北部に位置する能代市。かつて天然秋田杉の産地として名をはせた米代川流域にあり、「東洋の木都」として知られた。6月末、能代市と隣町の境界に広がるスギの国有林で、白神森林組合の職員が下刈り作業を行っていた。斜面には3年前に植えられたスギの苗が、雑草に埋もれながら育っている。

 梅雨で降りしきる雨のなか、男性8人がずぶぬれになりながら、草刈り機を使って雑草を刈り取っていく。

 雨具を着て、カメラを持って斜面を移動するだけでも汗が噴き出す。刈ったばかりの草いきれで、むせかえりそうだ。それでも職員の一人は「雨の方が涼しいのでまだまし。炎天下は本当にきつい」と語った。晴れだと日差しに加えて、刈った草が熱くなり、上下から暑さにさらされる。

 高性能林業機械の導入などで効率化が進みつつある伐採に比べ、植林や、その後、苗が順調に育つために7年間をめどに行う下刈りは、人の手による作業が主体だ。しかも暑さや日差しが厳しい時期に行われる。作業中にスズメバチに刺され、病院に直行することもしばしばあるという。

 白神森林組合には、植林や下刈りをもっぱら担う職員が20人、伐採専門の職員が6人いる。国有林は入札で落札した事業を、民有林は林の所有者の依頼をもとに作業する。

 「民間の伐採会社は、きつい作業を嫌がって下刈りには参入したがらない。しかし、これをやらないと再造林は進まない」。金野忠徳組合長(88)は強調する。

 

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午前中の作業を終え、職員たちが集まってきた。手前に、雑草を刈り取った後に育つスギの苗がみえる=同

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ずぶ濡れになりながら、雑草を刈っていた=同

 

 能代市と周辺3町が管内の白神森林組合は組合員約4300人。2022年度は植林を民有林25件、国有林と市町村林で計19件、下刈りは民有林と国有林、市町村有林あわせて計77件実施した。

 全国的に林業従事者の年間平均給与は、全産業平均より100万円程度低いとされる。下刈りなど厳しい作業に就く職員の待遇を少しでも改善しようと、同組合は日給制から月給制に変え、仕事がある時もないときも安定した収入があるように工夫している。

自己負担ゼロで再造林を後押し

 秋田県は民有林のスギの人工林面積が約23万7千㌶と全国一を誇る。1950年代以降に植えられたスギが樹齢50年を超えて「切りどき」を迎えている。一方で人口減少率が全国で最も高く、高齢化も進む。

 22年度の県内の民有林の再造林率は約40%。伐採面積990㌶に対し再び植林されたのは394㌶だった。前年度の28%より向上したものの、県が25年度までの目標に掲げる再造林面積750㌶、再造林率50%には道半ばだ。

 こうしたなか、白神森林組合は19年度から、伐採後に植林する際の山林所有者の自己負担を実質ゼロにする独自の補助制度を設けている。再造林は国と県から計68%の補助金が出る。能代市も当時、上乗せ分として10%を補助していたが、さらに残りを組合で補助した。

 その後、県と市の補助制度が充実したことを踏まえ、今年度からは、7年間の下刈りの費用も所有者の自己負担がゼロになるよう、独自の補助制度を設けた。

 なぜ、これほど手厚く補助するのか。

 「補助してでも、木を植えてもらって育てていかないと循環型林業は成り立たない」。金野さんは厳しい現状を口にする。

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下刈りの作業現場を背にする金野組合長=同

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下刈り作業が進められていた秋田県能代市と三種町境に広がる国有林=同

 組合長の手元に一枚の資料がある。1㌶に3千本を植林し、60年かけて育てて伐採した際の収支の試算だ。苗木代、下刈りなどの保育費用、間伐などに254万円かかり、2回の間伐と最後の皆伐で丸太を出荷して収入は338万円、差し引き84万円の収益という想定だ。「1年平均だと収益は約1万数千円。これでは山に関心は持たれない」と金野さん。

 コストと作業の負担軽減のため、最近は1㌶あたり3千本ではなく2千本の植林が普及し、苗木も「裸苗」から「コンテナ苗」に変わりつつある。コンテナ苗は秋田だと1本180円と裸苗より40円高いが根付く率が高く、効率的な植林ができるという。それでも、秋田は60年生のスギ立木の価格が試算当時より安く、1本あたり換算で2300円程度と低迷している。燃油費の高騰もあり、1ヘクタール3千本植林した際の試算と、収益に大きな変化はないという。

 「補助金を使わずに林業ができるのが理想だが、ここ数十年の木材価格の低迷をみても、今後価格が大きく上がるとは考えにくい。自己負担をゼロにして、やっと山を持ち続けよう、再び植えようと思ってもらえる」。組合の金谷文彦森林活用課長は話す。

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米代川流域のスギの輸出拠点にもなっている能代港。遠くに洋上風力発電の風車が並ぶ=23年5月

輸出、工場誘致で供給先確保と価格向上めざす

 循環型林業の実現に向け、組合は販路の拡大、確保にも力を入れてきた。

 秋田県内で生産される年間約110万立方㍍のスギの丸太の半分近くは、秋田市などに工場を持つある合板製造会社に納入されている。この会社の製品需要に応じて、丸太の受け入れが制限されたり、丸太の買い取り価格が下がったりすることがたびたび起きてきた。

 このため、金野さん自ら汗をかいて、ほかの森林組合や伐採事業者、運送会社に呼びかけ、能代港から中国、韓国へのスギ丸太の輸出に乗り出した。さらに、原材料を輸出するより地元で加工した方が地域の雇用や経済振興に役立つと考え、国内大手の製材会社・中国木材(広島県)の能代への工場誘致にも力を注いだ。中国木材の能代工場は24年1月以降、製材、加工、集成材の工場の運転を順次始める。将来的には年間24万立方㍍の丸太を使う計画だ。

 金野さんは、県内に新たに大規模な製材工場ができることに期待を寄せる。「丸太の需要が増える意義は大きい。競合企業が登場することで丸太の単価が上がることも期待できる。森林所有者の収入増につながり、われわれもより稼げる。それが、職員を雇い、循環型林業にもつながる」

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建設中の中国木材能代工場=23年6月、能代市

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工場建屋の内部でも建設作業が進む

 

 ただ、伐採しようにもできない厄介な壁も立ちはだかる。「境界未確定」と呼ばれる問題だ。全国的に山林の所有者が代替わりし、植えた当時の境界がどこか分からなくなっている山林が深刻な問題になっている。

 スギの民有林が約1万㌶ある能代市の場合、市内の民有林の境界確定作業を、従来のように航空写真や地形図を頼りに進め、所有者の現地立ち会いによる確認作業を行うと、今後100年かかると市の担当者はいう。そこで、市は航空機からレーザーで測定した精密な地形データや、1人でより効率的に測量できるシステムを導入。推定の境界図を作って森林所有者の同意を得る手法に変更した。所有者の現地の立ち会いも省略できたことで、作業が5倍近くスピードアップした。市は森林環境譲与税を使って境界確定に力を入れており、組合も業務を受託している。

 全国的に再造林率は3~4割程度で推移しているとされ、林野庁は木材価格の低迷や、造林に費用がかかることを低迷の要因に挙げる。そのうえで、林業を成長産業と位置づけ、森林・林業基本計画で、エリートツリーなどを活用した低コスト造林などを掲げるほか、生産性や安全性を高めた「新しい林業」を進め、コストや労働負荷を削減する技術開発に取り組むことなどを打ち出している。境界確定作業についても一定の条件を満たせば交付金を出して支援している。

 それらを踏まえつつ、金野さんは、秋田の林業が抱える構造的な問題は日本の森林・林業の縮図だと強調する。「資源の乏しい我が国で、豊富な森林資源を有効活用することは重要だ。カーボンニュートラルにも貢献できる。しかし、小規模な林家が多く、林業だけでは食べていけない。林業は農業と密接な関係にあり、地方は過疎化による耕作放棄地の増加で疲弊してきている。農山村の活性化のためにも国には森林環境税を有効活用するための指針を示してもらうよう望んでいる」

 (森林文化協会編集長 松村北斗)

 

 

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