脱炭素 現場から

都市に続々登場する木造高層ビル カーボンニュートラルの象徴に

 都市に木造の中高層ビルが相次いで登場している。高い強度や耐火性能を持つ木を使った部材の開発・普及が建築を後押しする。「ウッド・チェンジ」によって二酸化炭素を吸収・固定する木材の活用が大規模建物でも進めば、政府が掲げる2050年のカーボンニュートラルの実現に向けたシンボル的な意味があると、関係者は期待している。

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HULIC &New GINZA8(中央)=東京都中央区銀座8丁目

 商業ビルが並ぶ東京・銀座に、壁一面に取り付けられた木の羽板(ルーバー)が特徴的なビルが立つ。「HULIC &New GINZA8」(高さ60・5㍍)。2021年に竣工し、当時日本初の耐火木造の12階建て商業施設となった。

 建築主の不動産会社ヒューリック(東京都中央区)は林業の支援と地域創生への貢献のため「銀座の中心に森をつくる」をコンセプトに、福島県産のスギをはじめ国産材を積極的に使った。耐火集成材の柱や梁(はり)、CLT(直交集成板)と呼ばれる部材を使った壁などで、約310立方㍍の木材を用いている。

 同社広報・IR部の担当者は「銀座は弊社の事業でも最重要エリア。木材利用を推進したい思いもあり、木材を取り入れながら事業性を保てる計画とした」とコメントする。

 ビルを設計・施工したのは竹中工務店(大阪市中央区)。細く縦長のビルのため、通りに面した所は、柱と梁に同社の耐火集成材「燃エンウッド」を使って木が見えるようにし、奥まった場所は鉄骨造にした。木と鉄骨を組み合わせ、適材適所に用いることで合理的なコスト構成にもつながった。天井にはCLTを使い、木のあたたかさを表現した。

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天井にCLTが使われた内装=ヒューリック提供

 ビルにはアップルストアなどがテナントに入る。「環境に配慮した建物に外資系企業が入ってくれたことで、若い人たちへの発信力もある」と竹中工務店木造・木質建築推進本部の石川修次本部長は語る。

「純木造」も登場

 「純木造」のビルも昨年、登場している。横浜市にある大林組(東京都港区)の「Port Plus」は地上11階地下1階、高さ44㍍。柱や梁、床、耐力壁など主要構造物がすべて木の「純木造」としては国内で最も高い。自社の研修施設として活用している。

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「Port Plus」の外観=横浜市中区

 

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木材がふんだんに使われた1階の様子=同

 林野庁の昨年4月時点のまとめでは、この2棟を含め国内で16年以降、地上6階以上の木造建築物が少なくとも26棟、完成済みか計画中になっている。より高層の計画もあり、東京海上日動火災保険は東京・丸の内に建て替える本社ビルを、木造と鉄骨鉄筋を組み合わせた地上20階建て、高さ約100㍍とする計画だ。

 「サステイナブル(持続可能)な社会の実現に貢献するグループの存在意義を象徴する存在を目指す」と同社広報部は説明する。

進む耐火構造部材の開発

 中高層の木造建築への道がひらかれたのは、2000年施行の建築基準法の改正がきっかけだ。使う部材の仕様が細かく決められていたのが、要求される性能を満たせば使う部材を自由に選べるように変わった。

 建物を支える柱や梁は、地震の揺れなどへの安全性と、火災への耐火性能を求められる。「耐火構造」だと一定時間炎にさらされて外側が燃えても、自然に鎮火して、強度を保つ部材が残ることが必要だ。

 各社が開発を進めるなか、竹中の「燃エンウッド」の構造は国産のカラマツなどを使った柱の周りにモルタルや石膏(せっこう)の「燃え止まり層」を配置、さらに、木でその外側を覆っている。「燃えしろ」と呼ばれる外側の木が燃えても、モルタルや石膏で荷重を支える内部にそれ以上燃え進まないようにして、柱や梁の強度を保つ。

 ただ、柱や梁は、角に一番熱が伝わりやすい。荷重を支える内部の温度が260度を超えると、柱や梁の内部も燃えてしまい、強度を保てなくなる。

 「荷重を支える部分に熱が伝わらないように、『燃えしろ層』やモルタル・石膏をどのくらいの厚さ、形にすればよいか。実験でトライアンドエラーを重ねて決めていくのが、一番難しかった」と竹中工務店の石川本部長はいう。

 

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燃エンウッドについて説明する石川本部長

 中高層の建物に使う耐火構造部材は国土交通相の認定か、大臣が定めた構造方法によるもののいずれかが必要となる。燃エンウッドの柱は最上階から数えて4階までに必要な1時間耐火の大臣認定を06年に、同じく上から10階から14階までに必要な2時間耐火の認定を17年に、そして上から15階より地上側で使えるようになる3時間耐火の認定を22年に受けた。

 竹中工務店は「都市木造」に力を入れており、柱や梁だけでなく、CLTの壁、床への活用など、幅広い木材の利用を目指している。

 課題はコストを下げることと、部材のスリム化だという。建物全体でみると高層の木造ハイブリッド建築の建築コストは、今までの経験上、鉄骨や鉄筋コンクリート造に比べて、10%から15%ほど割高だと石川さんは語る。

 「(主要構造部を)すべて木造で建てることも技術的には可能だが、コストを考えると木と鉄、コンクリートを適材適所で組み合わせるのが合理的だ。技術開発で製品コストを下げることで需要が増え、市場が広がることが大切だ。それが二酸化炭素の固定量が増えることにもつながる」

 

 

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石川本部長

 

3時間耐火は木造超高層建物に必要な技術

 住友林業(東京都千代田区)も脱炭素社会の実現に向けて、中大規模木造建築に力を入れる。

 茨城県つくば市にある同社の筑波研究所。敷地にある耐火炉で、柱や梁に力を加えた状態で炎にさらすといった実験が行われている。耐火構造部材「木ぐるみ CT」もここで開発され、16年に1時間耐火、21年に2時間と3時間耐火の大臣認定の取得を完了した。

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研究所の耐火検証棟=住友林業提供

 3時間耐火の認定取得は、同社が18年に発表した「W350計画」が背中を押した。創業350周年となる2041年を目標に、高さ350㍍の木造超高層建築を含めて、街を森にかえるための技術を開発しようという研究・技術開発構想だ。木造超高層建物の実現に必要な技術を洗い出すなかで、3時間耐火を実現しようと決めた。

 石膏ボードや難燃処理木材で覆った耐火部材は、解体や解体後の再利用が難しいため、できるだけ木材のみで構成することを目指して開発を進めた。1時間耐火では一部(側面)を木材のみで構成して大臣認定を取得した。2時間、3時間耐火では早期実現を念頭に石膏ボードなど不燃材で覆う構成で認定を得たが、引き続き、木材のみによる耐火部材の実現を目指し、取り組みを続けている。

 今後、より多くの木材が使われていくには、性能のよい部材を開発するのと同時に、現場で採用されやすいよう、コストを下げ、スリムで使いやすい部材の開発が必要だと、研究所の磯田信賢チームマネジャーはいう。

 同時に、カーボンニュートラルの実現に向けて、生産から処分までを通じて二酸化炭素の排出を極力減らすことが欠かせないと考えている。「表面の木材を長期間使えるように耐久性を持たせる。老朽化した部材だけ交換する。交換した部材を焼却したり、チップにしてバイオマス発電で活用したりする前に、小さい建物で再び使う。そんな再生可能な自然素材である木を都市で再利用して、長く使う仕組みづくりが必要だ」

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3時間耐火の大臣認定を取得した「木ぐるみ CT」。大きさや特徴を説明する磯田さん=茨城県つくば市

中高層木造建築で国産材の利用促進、国も後押し

 国も中高層の木造建築の普及を後押しする。国内の森林の約4割にあたる約1千万㌶が植林した人工林だ。この約半分が植えてから50年以上たつ「切りどき」を迎えている。木の二酸化炭素の吸収量は木の高齢化が進むと落ちていく。木材を切って利用し、再び植える循環利用が、カーボンニュートラルの観点からも重要となっている。

 一方、国内の木材需要の約4割を建築分野が占めているが、低層住宅は8割超が木造なのに対し、中高層や住宅以外の建物ではごく一部にとどまる。

 このため、林野庁は民間の中高層建築の一部の事業について、工事費や木材の調達費を補助するなどしている。担当者は「中高層で木材利用が進めば、国産材の利用促進や脱炭素につながる」と期待する。

 経済、建築、林業などの関係団体、企業、関係省庁による官民の「ウッド・チェンジ協議会」も設立された。民間の建物での木材利用の課題や解決の方法を検討したり、先進事例の情報共有をしたりしている。

 国土交通省は建築基準法や関係政令などを見直してきた。

 22年の改正では、2時間耐火が必要だった最上階から数えて5階から14階のうち、上から5階~9階は90分耐火でよくなった。同じく3時間耐火が求められてきた上から15階から地上側のうち15階~19階は150分耐火になった。これによって、部材の被覆などを薄くでき、コスト削減につながる。

 国交省住宅局の担当者は「高度な技術が必要になる2時間耐火に比べて、90分耐火だとより多くの業者が設計・施工することができる。部材もコスト減になる。中層階の建物は数も多いボリュームゾーン。ここでの木材の利用拡大を進めたい」と改正の狙いを語る。

 また、燃え止まることが必要な「耐火構造」とは別に、最終的には燃え尽きてもよいが、決められた時間は倒壊しない強度を保つよう求められる「準耐火構造」についても、工法の工夫によって中高層で使えるように順次見直してきた。

 「カーボンニュートラルを達成するには、開拓されていない領域で木材使用が増える必要がある。基準の合理化と、先駆的な事例への補助などを広げて応援している」と担当者は語る。

 黎明(れいめい)期から普及期へ。ウッド・チェンジは静かに進んでいる。

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 「脱炭素社会」の実現に向けた動きや、林業や日々の暮らしに欠かせないエネルギーをめぐる理想と現実のギャップ……。現場から報告していきます。
 (森林文化協会編集長 松村北斗)

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